カテゴリー「インタビュー」の52件の記事

2007.06.10

男人、四十(前編)

伊健・不惑


JET MAGAZINE VOL.58


先日行われた金像奨の授賞式で、王天林はステージ上でため息をついていた:最もいい作品が賞をもらえるとは限らない、賞を獲ったからといって必ずしもいい作品であるわけではない、と。
先輩の口から出た言葉は、マーティン・スコセッシがそのいい例でもあり、人生は「間違い」に満ちている。
鄭伊健は特に「間違い」の恩恵を受けている。生まれつき遊び好きゲーム好きの大きな少年は、刺青を入れたチンピラという姿で不良少年の人気を集める。性格は内向的で夜遊びやナンパではただの一度も写真を撮られたことすらなく、十数年来の恋愛生活についてはマスコミの顕微鏡によって暴かれてきた。
張學友や陳奕迅のような美声という切り札を持たないのに、CDは空前の人気を博して十数万枚を売り上げた。
彼は自分でも認めているが、10年前の最も華々しかった古惑仔の時代は、正に最も心定まらず、熱湯に足を浸しているかのような落ちつかない時代だった。
もうすぐ四十歳になる男性として、仕事も恋愛も縁と気持ち次第、手放すべきものは既に手放し、却って胸に思いつづけていたものを手に入れることができた。不惑の歳は、たぶん鄭伊健にとって葡萄の実の熟する時なのだ。


意味のない仕事


鄭伊健はこう言う。自分は深謀遠慮のもとに計画を練るような人間ではないし、四十歳になるというのは自分にとってそんな大ごとではない。相変らず遊びたいし、けれど一つだけ変わったことがあるとしたら、健康に気をつけるようになったことだ。


「今の僕はただ、仕事や、人生を楽しみたいと思っている。彼女とデートして、家族と一緒に過ごして、自分の好きなことをして、時間があったらほかのことを勉強する、とってもいい状態だ。一番売れていたと言われるあの時代を思い出そうとしても、何も思い出せないよ。あなたに聞くけどどんなことを覚えてる?僕が覚えていることは、ただ毎日歌って、歌い終わると映画を撮って、映画を撮り終わるとまた歌い続けた、ということ、僕だって歌はうまく歌いたい、でも残念ながら、映画のほうも撮らないといけない。仕事は永遠に山積で、結局僕は自分で何をやってきたんだろう?数年経ってから突然悟った。生存と生活は全く別のものだということ。昔は「生存」で、何の意味もなくただやるだけ、今は「生活」で、やることに思想や感覚があるんだ。」

数年前のスキャンダルによって、多くの人が鄭伊健は下降状態だと批評した。それは、彼が未だかつて受けたことのなかった深いショックだった。

「あの頃はかえって得たものも、はっきりしたことも一番多い時期だった。多くのことは避けられない、怖れてもしかたがない、全力でやり遂げることが唯一の方法だった。以前よりも高いところにいて、風当たりも弱くて安全だと思っていても、そういう時こそ危険はつきものだ。俳優としては、お客が入ってくれるかどうかというのはコントロールできないし、お客さんが僕の演技がいいかどうかを認めてくれるかではなくて、ただ、監督が僕に任せてくれるかどうかということだけを求めている。僕にとっては『天行者』や『森冤』での演出は昔とは明らかに違うし、申し訳ないけどそのことについては自分では充分満足しているんだ」

この数年を経て、鄭伊健が最も変わったこと、それは自信だ。
以前は何をするにしても自分に懐疑的だったけれども、経歴と経験を積み重ねて、今ではどんな仕事を任されようと、霍元甲だろうが、ウルトラマンだろうが、課題をしっかり把握してうまくやれるようになった。

霍元甲とウルトラマン

香港の映画市場が低迷して以来、芸能人は内地へ北上してドラマに出演することに生活の道を求めた。
伊健は過去一年の大半をタイで仕事をし、「ウルトラマン」や「森冤」を撮影した後は再び中国大陸へ戻り、香港は彼にとっての休息の地となった。

「今、僕は内地の市場に一番関心がある。たとえタイにいても、僕は芸能人としてまだ尊重されていると感じている。この10年近く、香港の芸能界は後退し、みんなに団結を呼びかけても、多くの人には仕事がないし、仕事があっても食べていくことができないんだ。出資者を探すのが難しくなり、そのことは直接、脚本や創作の場が奪われることにつながった。多い時には、脚本が1冊だけでなく2冊3冊と増えていくような方式は、映画にとっては重要なことなのに。かえって僕は、興味を惹くニュースは、常に海外から来ているように感じているよ。」

2本の新作は同じようにエンターテイメントとして最も良い仕事となった。ジェット・リーが以前に頭を剃って臨んだのと同じ『霍元甲』では、かれは八爺(袁和平)の弟子である谷軒昭に武術指導を仰ぐこと、また陳小春が陳真を演じると聞いて、この班ならばこの上なく面白く楽しいはずだと思った。


「僕はいつも、『霍元甲』の撮影では遊んでいるみたいだったと話しているけど、非常に質の高いテレビドラマで、でもコントロールできないところもある。今は社長がもとの30話から40話に編集し直しているから、かなりいいものになるだろうと思っている」
聞くところでは、彼はこのテレビドラマの報酬がこれまでの最高額で、今は10話増えた分の報酬も受け取ったので、今年一年休業できるというのも不思議ではない。

「幪麺」からのスタート

先日タイで撮影された『ウルトラマン』で、伊健にとっての夢は叶ったといえる。伊健は、たとえ世界を救えるかどうかわからなくても、一着のウルトラマンスーツを手に入れることができたし、もう一回ウルトラマンに出演できたら、それで死んでも悔いはないと冗談を言う。
また、図らずも蒙麺(伊麺(伊健)と蒙嘉慧(YOYO))カップルの出現は、幪面(仮面ライダー)を連想させるものになった。

鄭伊健の恋愛生活というのは、たぶん芸能界とマスコミの生態系の最も具体的な例で、しかも、ミレニアムも近づいてのスキャンダル以後、彼は長いことパパラッチの飯のタネにされてきた。

「盗撮されだした頃は、自分ではとてもわずらわしかったし、どうにもできなかったけど、数年経つともっと手がつけられなくなった。妥協しているわけじゃない、だけど短期間ではどうにも解決できないこと。法律も取り締まることはできないし、一番ひどいのは、(写真の)買い手が大勢いることだ。世界はずっと変わってきたのに、みんなは相変らずこういうニュースを見るのが好き。僕に一体どういう感想を持てというんだろう?」

確かに彼の言うように、昔から芸能界はこうだったが、彼は自分の恋愛が全香港人の茶の間の話題になるなどとは考えたことがなかった。ある記者の友人は、鄭伊健はまだ人気がある、だからみんなが買うし、パパラッチも盗撮する、と言ったが、彼は一笑に伏した。

「人には感情がある。自分が盗撮されて、名前を汚されるのを見て、あるいは街でパパラッチと出くわしたら、絶対怒るはずだし、冷静になるにはかなりの時間が必要だ。新聞や雑誌のインタビューでは、僕は怒らない。読んでる側にはわからないけど、書き手の描写に少しでも悪意があれば、みんなは伊健は怒っているんだなと感じてしまうだろう。でも、ラジオのインタビューを受ける時は、リスナーには、本当は僕が怒っていないことがわかるはずだ。」

恋愛が先、仕事は後


彼もよくわかっているが、好調の時も不調の時も、ハッピーな時も失意の時も、彼といつも一緒にいてくれる林珊珊のことを挙げないわけにはいかない。サンサンの言うところの「かっこよくて、おばかさんだけど、稀有な良い男」には、まず恋愛があってこそ全力で仕事ができるのだ。

「家庭のことでも、恋愛のことでもいい、僕は安定していないとだめなんだ。それでこそ仕事に集中できる。そのどれか一つでも欠けていると、仕事中の情緒に影響する。彼女がいないときは、次の相手が早く現れてくれないかなと思っているし、でも自分では積極的に出ることはできないから、全ては縁まかせだ。この性格は生まれつきだし、自分がこういう人間だというのはよくわかっている。多くの人は、性格が運命を左右すると言うけれど、全くそのとおりだ。無理をしても楽しくないし、妥協はしても、ある一点では譲らない」

彼の性格といえば遊び好き、しかも努力が嫌い、多くの人は彼が電化製品とゲームに熱中していて、だからきっとパソコンを自作したり分解してまた組みたてることのできるようなITおたくだと思っているようだが、実際は彼は新製品にどんな機能があるかをよく知っているという、純粋なユーザーに過ぎない。もちろん、伊健はネット上の掲示板にいるような普通のデジカメマニアというわけではない。自らも5年前からキヤノンIXUSのイメージキャラクターであり、彼がカメラのイメージキャラクターなので売れているのか、カメラのおかげで伊健が売れているのか、その違いは定かではないが、結論としてはまさにお互いに相乗効果が得られ、ぴったりな組み合わせ、といえる。
(つづく)

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2007.04.22

悠々自適

Let's Talk
U-Magazine Life 1066号

「だらだら過ごし じっくり選ぶ」鄭伊健


大陸で埃にまみれ黙々と撮影した3ヶ月間は、一杯のコーヒーを味わってのんびりすることもままならかった。それに、新しく生えてきた髪もまだ短い。今の鄭伊健は一歩を踏み出したところで、自嘲するところの「ムショ上がり」の状態だ。
「古惑仔」に別れを告げてから、伊健はこの数年間仕事の停滞期に入っていたと言われているが、彼にとってこの期間は、昔と違うことを試し、自身の俳優生活に新鮮味を加え、また、違ったライフスタイルを見つけることができた期間なのだ。


未体験の新鮮味

鄭伊健は新作「森冤」の中で植物学者を演じている。彭發監督は「阿孖有難」の次に再び彼と組んだわけだが、理由はこの俳優の口が達者だからなのだ。

「彼は僕のことを『口がうまい』って言う。どんなことも僕の手にかかれば、真実味が出てくる。彼は、もしこの役を僕が演じたら、僕の説得力をもって、きっとリアルに演じられるだろうと言っていた」

植物は動物と同じように感情をもっているという理論は、1960年代にある専門家が提唱したが、彭發監督はこの点から「森冤」の物語を構築した。自殺の森での連続殺人が発生し、死体が見つからない、ついには幽霊のせいか、あるいは謀殺なのかというところに至るが、伊健の演じた植物学者・樹海は植物が人間の聞き取れない音波を出して反応すると信じて、植物に訴えかけ、ついに事件の真相をつきとめるに至る。

「僕と彭發は子供のころ二人とも樂民邨に住んでいて、お互いの存在は知っていたけれども、友達ではなかった。まさか、その後彼が僕の出た映画(「風雲」)の編集をしたり、監督や演技指導をすることになるなんて思いもしなかった。彼はこう言っていた。『以前銀幕上で見たことのある鄭伊健はもう見たくない、だから自分が伊健にやらせるのは、彼が演じたことのない役なんだ』」

『阿孖有難』では双子の兄弟、弟は同性愛者で、『森冤』では伊健は初めて学者の役、そしてサスペンス映画に出演し、同じように新鮮だった。

「俳優として、僕はとても新鮮に感じた。またヤクザのボスをやるよりもずっといい。TVBにいた当時は、人にやれといわれたことをやるしかなかった。殺し屋とか、ゾンビとか、当時はばかばかしいと思ったけど、実際にはいろいろなことを試すことができたんだから。今の選択肢は昔よりかえって少なくなってしまったよ」

大陸で視野を広げる

去年の年末、伊健は大陸のテレビドラマ「霍元甲」を撮影するために、長年伸ばしてきた髪を切り、剃りあげてしまった。彼は香港のドラマで清服を着て陳近南の役(『鹿鼎記』)でゲスト出演したことはあるが、その時はかつらをかぶっていた。大陸のドラマに出演するのはこれが初めてで、「霍元甲」が彼にとって二つの初体験に踏み出す第一歩になったといえる。

「実は、撮影するのかしないのか、一年間揉めに揉めていた。僕は生まれつき怠け者で、遊びにかけては天下無敵で、仕事はやりたがらない、だから本当は撮影するのがすごく嫌だった。出発の前もずっと怖かった。その訳をどう説明していいかわからないけど、こんなに長い時間香港を離れていたことがなかったからだと思う。『森冤』の時だってタイに行っている期間は最も長くて一ヶ月、だけどテレビドラマは三ヶ月もかかるんだ!」

プロデューサーの關錦鵬の説得と、マネージャーの林珊珊の命令で、伊健はついに撮影を了承する。

「小春(陳小春)やチーラム(張智霖)は一早く北京に進出していたけれど、僕たちは行こうとしたことがない、それに頭を剃ったこともない、死ぬほど緊張したけれど、実際は大したことじゃなかったんだ。本当に可笑しいよね、大陸の人は僕に会うとすぐ、僕が霍元甲にとてもよく似ているって言うけど、内心こう思ってた。「あなたたちは霍元甲に会ったことがあるの?僕が頭を剃ったところを見た事があるの?」口を開けば僕以外に合う人はいない!って言うんだ。とても可笑しかったよ、別の世界に行ったみたいだった」

香港の俳優が大陸で撮影をすると、「香港組」として差別されるが、伊健もこの境地に初めて接し、大陸の俳優に驚かされる。

「彼らは以前からずっと壁を築いていて、近寄り難い雰囲気で、自分が一番と思っていて、一つの席を奪い合うようにとても競争心が強い。でも知ってのとおり、僕は遊ぶのが大好きだし、加えて小春や家仁さん(梁家仁)は一緒にいるし、今回彼らには『香港人というのはとても話好きで、とてもくだけている』と思われたんじゃないかな。」

大陸に行きたくはなかったが、皮肉にも大陸は、香港にはない自由な場所を与えてくれた。

「香港のマスコミが芸能人に与えるストレスは大きすぎる。クランクインすれば、パパラッチは向かいの山に撮影しに登ってくるけれど、大陸では誰も芸能人にはかまわない。とても自由で、気分良く撮影ができるよ。とても矛盾しているけれど、香港を長く離れていることは嫌にもかかわらず、こっちに来て見れば、香港を離れたことで却ってとても広い空間を得ることができたんだ。」

大きな勇気

大陸には俳優が多く、競争は激しく、香港の俳優が慢心していると簡単に競争に敗れる。皮肉なことに、伊健は北京に行ってみて自分がまだやっていけることに気づいたと言う。

「アクション、度胸、経験は全部そのために用意してあった。今日アクションシーンを撮ると言われても、僕は全く問題ない。どんな動きでも以前苦労してやってきているからね。以前の僕は辛いことや、ちょっとでも間違うと、みんなに頭を下げさせられるのがとても嫌だった。でもその頃の訓練がなければ、今日の僕はいない。40歳になってこんなことに挑んで、と心配する人もいるけれど、年齢や体力の心配なら、僕はまだ大丈夫さ、自分にまだ価値があるって証明できるよ」

香港映画の市場は弱く、大陸のマーケットは常に日が当たっている、しかも香港スターは大陸では引く手あまただが、伊健は自分が短時間の間に再び大陸へ行くことはないだろうと言う。

「大陸の市場でのドラマは得るものが多いが、また、金儲けに変わってしまうことも珍しくないんだ。食いぶちを稼ぐのでなければ、僕はエンジョイしたい、良ければ撮影する、それに過程は絶対楽しくないと。現段階の僕は、一つの仕事を終えたら、成果を味わって、それから他のことに取りかかりたい。この点では、自分はとてもラッキーだと思う、今はお金のことを気にせずに、じっくり選ぶことができるからね。」

仕事の停滞を経験した後、伊健は、永遠に頂点に留まっていることは不可能なのだとわかった。

「歌のほうでは、僕はもうCDを出すことはないかもしれない、アイドルが出てきた時、本当に現実を受け入れなければならなくなった。あるいは、将来は仕事を変えるかもしれない、社会福祉の仕事をしたいと思ったこともある。自分にまだ影響力が残っているなら、それを社会福祉のために使うんだ。でも、まずそれにはどこかでブレイクしないと。例えばドラマを一本撮って、反応が良ければ、ひとつ良いイメージが作れる、それをもって公共のために仕事をするだろう。」

伊健は言う。お金儲け以外に、自分には野望がある。「僕は霍元甲を選んだもう一つの理由は、もうすぐ北京オリンピックがあるから。国内ではこのテレビドラマを見ることが教育になる、霍元甲の武術の精神はみんなの心を奮い立たせるはずだ。」

10ドル儲けて4ドル使う

仕事を選ぶことができるなんて、多くのサラリーマンには夢のような話だが、それには安定した財政状況が必要だ。この点では、伊健もかつて失敗を経験している。

「マンション市場の景気が良かった時、周りが買えば僕も買うような状態で、1ヶ月に40万ドルもローンを払っていたことがある。マンション景気が暴落して、僕の銀行口座にはまだ100万ドル残っていて、2ヶ月分は払えるけど、2ヶ月後はどうしよう?マンションをどうしても投げ出したくなったけど、それでも200万ドルは損するんだ。こんな苦労をした後、僕は自分に言った。こんな生活は、二度と経験するものじゃない、と。」

だからたとえ遊びが好きで、無駄使いが好きでも、収支については、今は分相応なのだ。

「僕は、いつお金を使うべきで、いつ節約するべきかわかっている。10ドルあったら、3ドルまでは好きに使うけど、4ドル目で自分にストップをかけて、自分の今後のことを考える。結局、芸能人の命は短いもの、みんながみんな劉德華ではいられないんだ。それに、芸能人の生活は、踏み石の上に乗っかっているだけのものかもしれない。明日には違う業界に行っているかもしれない、ゲーム業界に進出して、ゲーム王になっているかもわからないよ」

彼の髪に至っては、儲けが少しずつ増えていくようになるのかどうか。また昔のように長髪がさらさらとなびくかどうかについては、保留のようだ。

「ちょっとは伸びてきたけど、以前のように長くする、とは言えない。時代は変わった。また長髪にするなんて、僕はイケてないって思うね」

後記

ある日、鄭伊健が本当にゲーム業界に進出しているかもわからない。
伊健には3回インタビューしたが、いつも話が尽きないのは、カメラマンとゲームの話をしている時だった。このゲームはどうやってクリアするか、あのゲームのパート1はあそこのショッピングセンターで買える、終りですよ、と制止しなければ、インタビューは全部PSPとニンテンドーDSに乗っ取られる。
鄭伊健は何年も前からちっとも変わらない、今も親切で、遊ぶのが大好き、アイデアがいっぱいで、でも自分ではこのものぐさな性格は50年経っても変わらないだろうと言う。彼は映画監督をしたいそうで、關錦鵬は喜んで資金を出したいと言ってくれてはいるが、ただしその脚本はまだ影も形もなく、面倒くさがりで頭脳労働の嫌いな鄭伊健にはまだまだ高い壁といえる。

********

先月現地でゲットした雑誌のインタビューより。
写真は今度載せておきます。。「ムショ上がり」発言でこの衣装はどうなんですか~?って服です(笑)

髪はのばさないかもしれないし、CDは出さないかもしれないし、監督するにも脚本はまだないし・・・鄭伊健はどこへ行こうとしているのか。
今年一年は仕事しないつもりかなあ。「ゆっくり選ぶ」期間ということで。
まあ、それもいいかもね。

四十歳は「不惑」の歳、周りがどう思おうと、伊健の心の中ではきっと決まったことがあるのだと信じたい。
伊健、唔好心急、慢慢行喇。

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2007.04.15

夢は映画監督

2007年4月2日 wenweipo

◆本文
◆後記


ロングインタビュー「鄭伊健、監督としての転身を希望する」

(場所:ラウンドテーブルカフェ/銅鑼灣;利舞臺の向かいあたりです)


10月には40歳を迎える鄭伊健は、近年仕事面でどん底であると指摘されてはいるものの、実際のところは仕事はずっと途切れることなく続いている。10年前「古惑仔」シリーズが代表作となっても、その後の作品が壁を越えるのは難しい。演技の方面で壁を越えることに困難を感じ困惑している彼も、ついに自分の活路を見出したようだ。彼は、将来映画監督として一志報いることを願っている。

鄭伊健はかつて仕事面でピークを迎えていて、「古惑仔」シリーズがその代表作だが、その後の作品がその壁を越えることは難しい。去年の「天行者」では比較的成熟した役柄を演じたのに続き、この一年では伊健にとって新しい試みは多く、さらに煩悩の糸を断ち切って髪を剃り内地でドラマ「霍元甲」を演じた。サスペンス映画「森冤」では植物学者を演じ、監督の彭發は彼が成長したと言い、伊健にとっては特別な思い入れがある。

「僕と彭發は二度目の仕事になる、一回目は「阿孖有難」だ。実は10年前には、「古惑仔」シリーズや「中華英雄」などでも彼は編集の責任者で、ずっと仕事仲間だったんだ。ある日、彼が僕に電話をくれて言ったことを覚えている。僕が演じた役柄の幾つかは僕に十分に合っている、しりごみしなくていい、役柄はとても面白いし受け入れられないはずがないよ、ってね」

挫折に勇敢に立ち向かう

実際の話に基づいて製作された「森冤」は、日本のある森林にインスピレーションを得ている。ご存知のように、日本の富士山の裾野には森林があり、自殺で有名な場所で、政府でさえ富士山に看板を立てて、「生命は一度限り、大切にしましょう」と書く事で人々に命の尊さを訴えている。劇中、鄭伊健が扮する植物学者は、人としてなすべき道理をいろいろ語っている。しかし、もともと伊健も、この映画はもっと重要な効果があると思っていた。それはあるメッセージを伝えること、それは世の中の人々に命の尊さを訴えなければならないということだ。

「僕は、人間生きている間には、美しいことが山ほどあると思う。もし小さな挫折ですぐ自殺するとしたら、そんな愚かなことはない。ただ自分をしっかり持ち続けること、そうすれば絶対成功する。人生には山あり谷あり、辛いことを経験しなければ、何が樂かもわからない、いわゆる小さな苦境をバネにするってことだ。今の人は挫折からすぐに立ち直れないけど、以前ある先輩が僕に言った。『挫折もある種の楽しみで、どこかで転んだら、必ずどこかで起き上がるものだ。』僕は彼の話は正しいと思う。一番大事なのは、楽しむ過程で、結果はもともと他の人と比較などする必要はないんだ。」

恋愛のことは口にしない

梁詠琪と鄭伊健がつきあい始めたころ、二人とも仕事が低迷し、人気は最低まで落ちた。何年もの努力によって、二人はまたファンの人気を取り戻した。しかし残念なことに、二人は結局別れを選ばざるをえなかった。その後、マスコミによって伊健と蒙嘉慧(YOYO)の「バドミントン愛」が発覚し、YOYOは伊健の誕生日にヒロインとして姿を現した。蒙嘉慧との新しい恋については、伊健はあまり語りたがらないが、結婚に対する見方を打ち明けてくれた。記者がさらに伊健とYOYOのカップルでCMに出ないのかと聞くと、伊健は大笑いして、答えを避けた。

「僕は、二人が一緒にいるには、楽しいことが一番大事だと思う。結婚のことは、自然にまかせるよ。それに両親も僕に結婚を急かしたことはない。芸能人として、本当ならおおっぴらに恋愛のことを話すべきでないけれど、それでは相手に対して却って不公平でないかという問題もある、他の人が見ても、この問題は既に片付いてるよ。
僕は黎さん(黎明)を尊敬する(黎明と樂基兒のことを指して)、彼は日本への旅行を記者に隠し撮りされてたのを明らかに知っていて、だからといって彼女と離れたりしないで、でも何でもかんでも許すわけじゃなくて、記者には、他の人の迷惑になるから遠くに行って写真を撮ってくれと言った。物事にあたるにはこうでないとね。
あなたの知りたいことはもう話したよ、将来彼女と一緒にCMに出ることはあるかって、ははは、先にスポンサーを見つけてきてから言ってよ、当分見つからないと思うけどね。」

子供のころ、樂民邨で大きくなった伊健は、父が縫製工場の検査員の仕事をしていて、それから兄と妹が一人ずついる。小さい時は「ガイキング」のおもちゃに夢中になり、このおもちゃを持つことが人生最大の願望にさえなった。
伊健は、初めてデパートでこの30センチほどの超合金製のおもちゃを見た時のことを覚えている。当時、市価で68ドルするそれは、既に十分高価なものだった。今はそれが3万ドル以上しても買うだけの経済力はあるのだが、それは逆に物欲に対する反論となった。

「子供のころはいつも隣の家の子供にゲーム機を借りて、家に持ってきて兄や妹と一緒に遊んだ。もし何も借りて来れなければ、友達と裏山へいって鬼ごっこをして遊んだ。こういう生活は、実際僕の人生の中で一番温かくて楽しかった思い出なんだ。みんなは僕がゲーム好きなのを知っているけど、子供の時はマリオブラザーズで遊んで、最後まで終るともう一度、失敗したらまた挑戦、絶え間なく何度も繰り返し遊んでいた。それはただ、子供のころは娯楽がなくて、ゲームが一つあればそれで自分を満足させることができたからなんだ。それに対して、今は選択肢が多すぎる。ニンテンドーDS、PSP、PS3など、一月すればすぐ新しいゲームが出て、品物も簡単に手に入る、元から物を大事にするなんてことはない、これが現代人の生活なんだ。」


監督の仕事に憧れて

この一年、鄭伊健は常に香港から離れて仕事をしてきた。まずタイに違う仕事で7回行って、なかでも特に「ウルトラマン」の撮影は彼にとって忘れられない思い出になった。その後今度は中国大陸で3ヶ月かけて完成した「霍元甲」がある。異なる場所や仕事のやり方を体験して、伊健には思うところがある、香港の芸能界で生き残るための空間は次第に狭くなってきている、俳優をやるということはとても受動的だ、それに対して監督をやらなければ、という考えが起こってきたのだ。


「TVBで俳優をやっていた頃はもう、自分は監督になれたらと夢見ていた。初めて劉偉強と仕事をしたときには、映画監督についてとても興味があった、彼とは撮影のことでたくさん意見を話し合い、撮影の角度とか方法などの問題についてとても関心があって、監督というのはとても意義があってクリエイティブな仕事だと思った。いま、僕は歳をとって、仕事や役柄を変えても十分いけると感じている。既にいくつか脚本を手にしているけれども、映画を撮るのにはとても多くのお金がかかる、スポンサーを見つけるのは容易じゃない、だからデビュー作は小さな作品から始めるしかない。自分で一番撮りたいのはマンガを題材にした映画で、でもあまり自分が俳優として参加はしたくないので、新人を発掘したい、そうすれば創作の幅がひろがるからね」

後記:仕事とゲーム

他の人から見ると、鄭伊健はまぎれもなく「大きな子供」だが、初めて彼に接した時、仕事の時は仕事、ゲームの時はゲームをする人なのだと感じた。インタビュー当日、今回の一大プロジェクト上の質問を聞き終わると、話題は伊健の新しい恋の噂に向けられたが、映画会社の広報とレコード会社のスタッフがすぐにスキャンダルと映画の宣伝は無関係だからと発言を制止した。ところが一悶着した後、かえって伊健は満面の笑みでオープンに恋愛の話を始めた。インタビューを終えてみて、伊健にとってインタビューの場は頭脳ゲームのように面白く感じるようで、真剣に遊ぼうとしている。やってみたらわかるが、伊健は「ワニと歯医者さん」ゲームの時も本当に集中しているのだ。

**********

*宇宙飛龍」というのは、日本のアニメ?特撮?で「ガイキング」のことらしいんですけど、一応この時代には既に生まれて物心ついてるはずの私は「ガイキング」を知りませんでした。一生のお願いになるほどすごいおもちゃだったんでしょうか??一応調べてみましたが、何がそんなにすごいのか全くわかりませんでした。

*そして「ワニと歯医者さん(直訳)」というゲームは、検索すると「ちっちゃくたってイタイワニ」という日本のおもちゃの名前が出てきます。「黒ヒゲ危機一髪」系統のゲームですね。ちょっと笑った。インタビューで何をやらせておるのだ。

*伊健、りよんとは実際一歳しか違わないんですが、「雙雄」で共演して以来、影響されてることも多いようで、なぜか彼の話をするときはいつも尊敬のまなざしがこもってます。うーん、でもあちらのほうがたしかに大人だし(笑)

*このインタビュー、「歌手・鄭伊健」をこよなく愛する私としては、だんだん紅館が遠くなる発言てんこ盛りで、寂しいことこの上ないです。もう歌は捨てたのでしょうか?趣味でもいいからCD出しましょう。お願いします。このうえ俳優の肩書きまで捨てられたらなんかやりきれないよ。。もう既に伊健が歌うことを知らない人のほうが多いかもしれませんが…イタタ。


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2007.01.06

健康は心から

健康な生活とは~悠然自得
Lifestyle Magazine 創刊号

創刊号のインタビューには鄭伊健を迎えた。鄭伊健は「生活新体験」の創刊号の表紙を飾れて光栄です、と語り、それは最近自分の生活においてちょっとした新しい体験があったからなのだ。ようやく自分の時間が持てて、生活をゆっくり楽しめるようになり、身の回りの全てを把握できるようになった。伊健の家は西貢にあり、彼が言うところによれば、ずっと西貢の景色を楽しむことができなかったけれども、本当はとても美しいところなのだ。以前は気にしなかったが、いつのまにか家の前の木がとても高く成長していた。

突然のイメージチェンジ

鄭伊健はイメージチェンジを図った。
多くの人々が同じように考えると思うが、彼が突然さっぱりと髪を短くしたので、デビュー当時のようになった。かつて「長髪の方が仕事がうまくいく」と言っていた彼が、どうして突然短くしてしまったのだろうか?

「主な原因は、自分でコントロールできないところにある。大陸でテレビドラマ『霍元甲』を撮影するために短くしなければいけなかったし、最近の新作映画『天行者』の宣伝をしなければいけなかったんだけど、新しいイメージを加えることで、僕がかなり変わったと感じられるでしょう。生まれ変わったかのような衝撃を与えるのと同じことなんだ。実際は、僕は仕事に対してはずっと同じ姿勢でいるけれどね」

伊健は最近『天行者』の宣伝のために、劇中の「葉秋」という名前で活動していた。葉秋は劇中では大慈善事業家であり、宣伝活動を兼ねたチャリティ活動に参加して、老人ホームや病気の子供たちを訪問した。伊健は、これは宣伝活動ではあるが、自分も社会の重要な一員としてチャリティに参加できる機会を得ることができたと話す。最も印象深かったことは、東華三院老人ホームを訪れたときのことで、老人たちと一緒に健康のために体操をして、またとても楽しかったそうだ。

「数日前に老人ホームへ行って、一緒に運動したりおしゃべりしたりしたんだ。仕事のスケジュールが詰まっていた関係で、ちょっと疲れていたんだけど、お年寄りたちの顔を見たらすぐ元気になった。みんな年はとっていても、とても元気で健康なんだ。僕たちは一緒にゲームをして、時間が経つのがとても早かった。普段からこういうイベントがあるといいのにな、仕事が忙しくても、周囲の人は大切にしなきゃ。」


ゆっくり歩むこと、それが真の健康への第一歩

伊健はずっとチャリティ活動に熱心に参加したいと思ってきたが、いつもあまり時間がとれなかった。彼が言うには、香港人は概して時間がなさすぎるのに、仕事は多すぎるのだ。映画『天行者』のクランクアップ後には、ちょっとした休養期間があったが、その間は公開のイベント活動に出ただけだった。例えば世代肝炎大使に任命されたり、第三回世界リンパ癌デーのイベントに出席するなど、自分のできる限り健康に関する知識を広めていきたいそうだ。

「僕は自分でも健康に注意しようと思ってる。香港人の多くは健康に関心がなさすぎるが、世界各地の人々は健康にとても関心があると思う。香港人は生活に汲々としていて、最も基本的な食べることでさえままならない。いつも規則正しく食事をすることができないし、食べられる時でも仕事をしながら食べたりしている。自分のリラックスできる空間もない。」

伊健は続けて、多くの人は健康のために運動をするけれども、本当の健康は心の持ちようから始まると思う、と言う。

「健康ってどんなもの?単に運動するだけでは健康とは言えない、僕たち香港人はいつもせかせかしていて、朝は早起きして仕事に出かけ、朝食を食べる時間もない。出勤すれば、仕事を間に合わせようと急ぎ、常にドキドキ、ヒヤヒヤしている。しまいにはランチも夕食も食べる時間がなくて、生活がこんな調子じゃあどうだろう?僕は違うと思うよ。できるときには自分でもっとコントロールして、リラックスしなくちゃ。外国人のライフスタイルには僕たちが学ぶべきところがたくさんある、いつまでも香港はこうしてはいられないと思うんだ」


身の回りの些細なことに関心を

伊健は最近ようやく生活のリズムを変えることができるようになったと言い、自分の新しい体験とは生命の一瞬一瞬を楽しむことができるようになったことなのだそうだ。

「昔は仕事を楽しむことができなかった。時には仕事が多すぎてブチ切れることさえあった。今はもう変わった、仕事も前に比べたら緩やかになったし、選ぶこともできるようになった、自分の能力や興味にあわせることができる。最近僕は日本へマドンナのコンサートを見に行ったけど、面白くなかったという人もいたね。それは、期待していたような激しい歌やダンスがなかったからだろうけど、僕の目にはかえって彼女がパフォーマンスを楽しんでいるように見えた。マーケットの要求を気にせず、自分がいちばんやりたいことをやることができていた、それが芸術ってものじゃないかな」

伊健にとってこの数年最も嬉しかったことは、自分の時間を持てたことだ。昔は何年もの間、仕事に忙殺されていたが、今はもっと家族と一緒にいる時間ができ、いろいろなことを学べて、ゆっくりとしたライフスタイルをとることができた。だから自ずといろいろな新しい体験ができるのだ。

「いまの仕事と休暇のバランスはとてもいい、仕事も生活も楽しむことができる、ありがたいことに経済的問題で悩むこともないしね。昔は総じて夜も昼もなく働いて、とても辛かった、今はようやく楽しんで仕事をできるようになった、今の状況には充分満足しているよ。ドラマの撮影でもいい、映画の撮影でもいい、監督ともゆっくり話ができるし、CDを出すにしても満足しないものはやらないから。」
「僕の家は西貢にある。本当にここが大好きなんだ。でも以前は時間がなくて、ずっと保母車の中から眺めるだけ、そのあと眠って、車を降りたら家に帰って眠り、次の日はまた朝早く起きて仕事に追いたてられる。今は車からゆっくり途中の風景を眺めることができて、家に帰ったあとも近所の草木をじっくり眺められる。この前、家の前に生えていた木がすっかり大きくなっていたのに気づいたんだ。人生は短い、僕はもう何も逃したくない、眠って、仕事して、食事することだけは。みんなも機会を作って、身の回りのすべてを大事にするべきだと思う。

プレッシャーと夢が人生の原動力

伊健の仕事は以前ほど忙しくはないが、楽しめている分だけ、以前に比べてこだわりとプレッシャーは大きくなっている。

「新しい仕事を受けるときにはいつもプレッシャーがある。例えば今回『天行者』のように、仕事を受ける前にはいつも脚本を受けとって、どんな映画なのか、できるのかできないのかを考える。僕の仕事の性質上、予想もつかないようなことがたくさん起きるから、思うように動くことができなくて、クランクインの日までずっと待つしかない。でも僕のリラックス方法は簡単、それは楽しむこと。考え込むことはないんだ。プレッシャーは僕にとってはいいことなんだ。プレッシャーがあるのは、僕が仕事に対して緊張をもって臨むことができている証だから。でも一旦仕事が始まってしまえば、慣れてくるにしたがってプレッシャーは自然と消えてしまう。」

暇な時は、伊健は写真を撮るのが大好きだ。風景をメインにして、命の一瞬を記憶に留めるために。

「僕は写真を撮るのが好きでもう何年にもなる。自分で楽しむためで、昔の写真は無くしてしまったし、写真を撮るということを知らなかった。映画のカメラマンについて習ったことなんだ。時には過去の記憶を留めるために写真は撮られ、長い時間を経て当時の人も物もすっかり変わってしまい、思い出せなくなってしまったら、写真をひっぱり出してくればすべてのことが明らかになる。僕の写真は人物が少なくて景色を撮っているけれど」

また、伊健は実はほとんどの時間は夢想して過ごしているのだそうだ。最近の理想というか夢は、西貢區の区議員になり、早く環境保護に向けて動くことなのだ。

「僕は小さい頃から大人になるまで、夢想することが好きだった。夢があれば楽しく生活できる、だから僕はいつも白昼夢を見ている、この夢が物語になり、あるいは映画に変わるんだよ!時々、自分が映画監督になれたらなあ、あるいは区議員になれたらなあ、って考えたら楽しいよね!」
(完)


**********

今年も週末ブログになりそうな予感ですが(笑)・・・できるだけ平日も更新していこうと思いますのでよろしくお願いします。

昨日ようやく東京に帰ってきて、今日は香港より年末に発送された雑誌がやっと届いたのでさっそくご紹介です。
思えばこれが今年最初の伊健ネタです。

伊健って見た目若いよなー。とは思いつつも、こういう雑誌の表紙を飾るようになったあたり、やはり「不惑」なのか。


表紙の特集記事見出しのひとつひとつが泣かせます。それ、何も伊健の顔と並べなくてもさ(泣)
しかも、さわやかな伊健のインタビュー記事の裏ページに●●腺の図解とか・・・今更赤面はしないですが、なんだかなぁ(爆)やはり日本の「爽●」なんかと同じ位置付けなのかしらね、この雑誌。
なぜかバイリンガル編集のため、英文の部分は思いっきり医学用語だらけでよくわかりません。反面中文で見ると妙に生々しい(爆)

問題の表紙です。

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2006.12.10

伊健小春、この10年を語る

伊健小春インタビュー「霍元甲」の現場で10年の付き合いについて語る

2006年12月5日~6日 北京新浪網

《前編》


1996年製作の香港映画『古惑仔之人在江湖』は群れをなしたヤクザが格好をつけクールに振舞うのが子供に対して悪影響を与えると同時に、それでもなお多くの人の心のバイブルとなり、義理人情の代名詞という輝かしい意義があった。
鄭伊健と陳小春の二人は劇中で確かに命に替え難い親友同士で、映画を離れてもこの10年間の芸能生活をお互いに見てきた証人でもある。陳小春は鄭伊健も大人になった、10年の間に次々と彼女が変わったからな、と言いながら伊健の太ももをさすっていやらしい目つきをしたので、伊健は照れ笑いをして小春の手を払い、「またバカなことばっかり言うなよ!」といった。

仕事の方面に話題を振ると、二人の友情からマスコミの環境にいたり、話は次第に深刻になってきた。鄭伊健は、自分はただ、真実をもってみんなと向き合うだけだと語った。(インタビューは南都周刊記者)

◆◆◆

11月21日午後、北京の奥座敷、飛騰スタジオの『霍元甲』の現場に鄭伊健と陳小春の二人がやってきた。最近記者は鄭伊健と会うことが多かったが、けれどもこの二人がそろって記者のインタビューを受けるという機会はめったにないのだ。鄭伊健は長衫を、陳小春は木綿の綿入れを着ていて、たとえ遠くからこの二人を眺めたとしても、二人から受ける性格の違いははっきりわかる。鄭伊健は落ちついて物静かで、身振りがわりと少ないが、小春は身振りが大きく、撮影の時でも周囲を笑わせている。二人を待っているとメイクを落とす間もなくやってきて、記者の前に座ってインタビューを受けている時も、このアニキたちは香港式の掛け合い漫才を見せてくれた。


性格編

鄭伊健:陳小春はもっと「バカ」になった

陳小春:鄭伊健はもっと成熟した


十年前、鄭伊健は29歳で、無線電視では既に主役級だったが、映画界ではまだまだ新米だった:陳小春は23歳の時、まだグループ『風火海』の一員で、また、1994年に出演した映画『晩9朝5』では第14回香港金像奨で最優秀助演男優賞にノミネートされた。この時は彼らはまだ香港映画界の「若造」だった。

南都周刊(以下南):『古惑仔人在江湖』でお二人は初めて共演しましたが、この十年にお互い変わったところはありますか?

鄭伊健(以下鄭):変化は大きいよ、小春はさらに「バカ(衰)」になった。(本当はもっと格好良くなった(帥)、と言いたかったらしい。笑いが起きる)それから痩せたね、前はもっと肥ってた。

陳小春(以下陳):伊健はもっと成熟したな。この10年、こいつは次々に彼女を変えて…もちろんどの彼女とも長い間付合ってる、俺も見習うべきだな。

鄭:気をつけて話せよな。

陳:10年來、俺たちは香港にいて、会うとお互いに『剣客』と呼び合うような厚い友情はあったけれども、でも会うことはほとんどなかった。こうやって北京に来てみて、毎日一緒に撮影して、飯を食うのも一緒だ。俺は(指で自分の胸のところでハートの形を作って)心が広くなったと思う、ここに思ってることはたくさんある、でも言い方がわからないだけなんだ。簡単に言えば、愛情だな、友情が愛情に変わったんだ。

南:お二人を比べると、小春のほうが性格がおだやかで、変わりないように感じます、まだこんなに面白いですし。伊健の変化のほうが大きいですね。

鄭:実はそれは違うんだ、小春が面白いのは彼がいろいろな役柄をやってきているからで、でも僕は彼にももっと見た目のイメージチェンジをしてほしいんだ。

南:小春、あなたは鄭伊健がまだ10年前みたいに格好つけてクールにして、たとえばこんな風に髪をかきあげたりしているのをみてどう思う?

陳:伊健は始めからカッコつける必要なんかないんだ、もともと格好いいんだから。ただみんなの思っている彼が格好つけている風なんだ。

南:多くの観衆があなたたち二人を典型的な男の二つのタイプだと思ってますね、でも二人とも男らしい、自分たちではどう思いますか?

鄭:とても男らしい?僕は思わないね、たぶんイメージとか映画の中の僕だよ、でも実生活の中では僕は違う。陳小春みたいだ。あいつのほうがもっと子供っぽいな。僕は時々自分があいつのお兄ちゃんみたいに思えるよ。男らしいなんて言葉をどう取ったらいいかわからないけど、自分で言ったらいいことだね。

陳:俺たちはもう若くないよ、たぶんこんなことはできないな(と裏声を出して)、こんにちわ、僕は陳小春です、僕は鄭伊健です、…そうだろ、君、笑ってるじゃないか。気持ち悪いだろ?

十年後、鄭伊健はちょうど39歳の誕生日をすぎたころ、新しい彼女の蒙嘉慧が颯爽と現れ、陳小春は33歳の時、新譜『斗』をリリースして、自分でも世の中の中国人の憂い、鬱憤を感じるようになった。何も変わってないわけではない。けれども、記者は小さな発見をした。鄭伊健はもう髪の毛を丸坊主にしてしまっているのに、まだあの癖を残していた。それは、左手で耳たぶを掻く癖だ。もう髪は長くないのに、こんな癖を見ると相変らずだなと思える。芸術総監の關錦鵬が本紙記者に言うには、新版『霍元甲』では二人が霍元甲と陳真を演じることに多くの人が興味をもち、期待し、『古惑仔の古装版』だと思っているのだそうだ。關監督はモニターを通して二人の演技を見た後、とても感動し、二人はとてもすばらしいと思った、一つには二人が演技の上で大変成熟したこと、それからもう一つには二人の間にある声にせずともわかる暗黙の了解と友情に感動したのだと言う。

事業編

過去10年、誰にも認められてないとは思わない

これからの10年は、裏方へまわりたい

ちょうどいま上映中の映画『天行者』の宣伝文句が『鄭伊健は10年たって古惑仔に戻る』だった。確かに売れそうな文句だが、陳浩南は既に20世紀の人間で、それを演じた鄭伊健も既に若くはなく、中年に入り、仕事も恋愛もこの10年間の間に一つの区切を迎えた。この10年間に鄭伊健は『暗戰2』で金馬奨の主演賞にノミネートされ、陳小春も賞レースに参加する機会を得た。けれど、二人とも賞を目前にしながらまだどの賞ももらったことはない。演技を重視してきた彼等にとって、残念なことではないだろうか?


南:今回お二人がこのテレビドラマ『霍元甲』を選んだのは、仕事上でなんらかの突破を目指してのことでしょうか?

鄭:僕はこういう英雄を演じる機会に恵まれただけでとても嬉しい、俳優をやってて、しかもこんな段階で、自分の好きな役柄を選ぶことができた、それに頭を剃らなきゃいけない、これは僕にとってとても新鮮な経験だ。

南:お二人は賞に近づきながらもまだ収穫がない、香港映画界に見る目がないと思いませんか?

鄭:(笑)そんなふうに言ってくれてありがとう。

陳:あの人たちに言ってあげるべきだよ。賞を獲らなかったことが結果を表すわけじゃない、賞をとったことが結果を表すわけでもない、ただ続けていけば、きっと収穫はある。俺がこの世界に入った時、ある先輩がいて、その人が俺に袁和平の父親の、袁小田のことを話してくれた。彼はずっと諦めないで、80歳になった時ジャッキー・チェンと共演した映画『酔拳』でついに開花した、だからこの世界にいる限り諦めるな、いずれ君の番が来る、と言ったんだ。

鄭:人生の目的はそれぞれだ。香港映画は今は不調だけど、僕はずっと作り続けて安定供給していくと思う。小春と同じで、賞を獲ったからといって何かを代表するわけじゃない、映画がヒットしなければ賞だって獲れないし、映画が売れないのに賞なんて意味がある?俳優としては、僕はその過程を楽しむよ。

南:10年後もこの世界にいるとして、次の10年までにどんな目標に到達したいですか?

陳:10年後は表舞台は引退して、きっと裏方にいると思う。必ずしも映画やテレビの監督なんかじゃなくても、舞台劇にも興味があるな。

鄭:小春と同じで、裏方に行きたい。実は長いこと俳優をしてきて、次第に永久に主役ではいられないと思ってきた。いまの僕たちの撮っているドラマにはたくさんの年老いた俳優がいて、一日二日の撮影でもとても真剣に取り組んで、演じる過程を楽しんでいるよ。今は武術指導の先生とも交流があって、その技術やなんかを勉強してる。俳優だけでなくて、もっと他のことも知りたいんだ。

俳優の中にはたぶん一生賞とは縁がない人もいるし、このインタビューの中で、鄭・陳の二人には本当は賞が欲しいと思っている気持ちが充分感じられる。二人は名誉や利益のために賞が欲しいのではなくて、自分たちの10年間の努力に対する証明として賞を望んでいるのだ。賞がないのは残念だけれども、でも彼等の映画や役柄は依然として多くの人に支持されていて、二人が撮影している現場には女子大生のグループがわざわざ見に来てくれて花を贈ったり、一緒に写真をせがんだりするのは、それにみあう価値ではないだろうか。

(後半に続く)


《後半》


友情編

鄭伊健:彼のお母さんの死は僕を突き動かした

陳小春:あいつは僕をだましてこのCD会社に入れた


鄭伊健と陳小春は古惑仔シリーズで共演し、その上「熱血燃燒」という歌でデュエットもしている。映画ファンにはまだ記憶に新しいところだろう、劇中で山鶏は罠にはめられ、自分の彼女と関係した浩南とは決裂、また義兄弟の惨死を許すことができなかったが、浩南は彼一人を台湾へ逃し、万一のために大事なロレックスを餞別にと渡した。浩南と山鶏の友情は厳しい試練をくぐりぬけてきた、まさに歌の中で歌われているように。「俺が絶望の淵にいるときやってきてくれる、俺の危機にはかならず駆けつけてくれる、それがお前」実生活での鄭伊健と小春も固い友情で結ばれているし、記者の前では子供のようにお互いじゃれあっている。多くの人が映画の中では山鶏のほうが目立っていると言うが、陳小春は記者に対してはこのように言っている。「俺達2人はもともと他の俳優のように張り合うのではなくて、譲り合っているんだ」

南都週刊記者(以下南):あなたたち2人は本当に大親友で、ナイスガイで、何年もつきあってきているけども、お互いに対して一番印象に残っていることは何ですか?

陳小春(以下陳):2人のことだよね、じゃ、俺から先に(鄭伊健:お前が先に言えよ!)。それはね、伊健が俺を「騙した」(←ここ強調)ことだね。あいつは自分の所属のCD会社(BMGのこと)に俺を騙して入らせたんだ。伊健は「この会社は本当にいい、すごく良い、それに僕がいるからね」って。じゃあ、OKだって入った。結果、しばらくしないうちにあいつはバイバイだよ。俺は「ハァ?!」って言うしかないよ。

鄭伊健(以下鄭):(口を挟んで)だって小春が来たら、社長がもう僕のことは要らないって。

陳:実際は伊健は契約が切れたので出ていかざるをえなくて、そのあとEEGに入った。

鄭:その名前は出さないでよ。アレルギーなんだ。

陳:えー、だって巨大な娯楽の王国じゃないか。

鄭:結局、お前は歌っていけたけど、僕はできなかったよ。

陳:それはお前が歌わなかっただけだろ、歌えばすごいのに。

南:では2人で『萬里長城永不到』を歌っては?

陳:はぁ?!国語かな、それとも広東語で?
(そのあとまた裏声でワンフレーズ歌う。「昏睡百年、國人漸已醒…」伊健はそばで可笑しそうに笑っている)

陳:実はもうデュエットして歌ってるんだ。広東語ならできるけど、国語は本当に難しいよ。

南:そのとおりですね。伊健も小春から大きな影響を受けたエピソードを話してくれませんか?

鄭:(小春の方を向いて)じゃあ、僕が話すよ、(小春:お前が話せよ、と言い)小春のお母さんが亡くなった時のことかな。僕にはとても深く心を動かされる出来事だった。とても不思議な感じ、まるで自分の親が亡くなったかのようだった。小春はとてもいい息子で、良い友達でもある。この時、僕は小春に何をしてあげたらいいかわからなかった。でも僕達はこんなに良い友達だし、あいつがただ、そばで自分のことを見ていてほしいと言うなら僕はそうする。この時のことは本当に忘れられない出来事だ。実際、この10年来は楽しいことも、辛いことも、たくさん出来事があってどれも忘れられないんだ。

南:2人は性格もまったく違いますが、その性格の違いでケンカになることはありませんか?

陳:ないみたいだけどね、あるとすれば撮影の時で、意見の違いで話し合いになるけどね。でも原因は伊健だよ、だから俺はあいつの言い出したきっかけが何か知りたいと思う。2人とも良くしようと思っているからで、でしゃばってどうこうするためじゃない、もしこの場面の中心がお前なら、俺は自分の演技のしかたを抑えてお前に譲るよ、大したことじゃない。


以前陳小春があるテレビ番組のゲスト司会をやったとき、対談には鄭伊健を迎えた。鄭伊健は、自分たち2人はシリーズの映画で共演して友達になったこと、ここ何年も、2人の関係は2人の女の子みたいな感じだと言った。お互い共通点が多く、しかもわりと率直に物を言うかからだ。二人の男性を「二人の女性」に例えるあたり、二人の親密な関係が充分に証明されると言える。


生存編;

鄭伊健:好きなものは好き、嫌いならそう言う

陳小春:そのうちニュースは見ないというルールができるだろう

陳小春は鄭伊健のことをからかって、伊健は彼女を次々にとりかえるけれども、それでいて長持ちする、それは見習うべきだと言う。邵美琪から梁詠琪、さらに蒙嘉慧と、正式に認めた彼女は三人だが、鄭伊健はもうマスコミの嫌がらせには飽き飽きしているのか、どんなゴシップが飛び交っても、彼がマスコミに対する方法は沈黙のみ、たとえ大陸へ撮影に来ていたとしても、かなり口は固い。
インタビューのお約束として、ある記者が彼に「大陸で撮影をしていることが蒙嘉慧をがっかりさせるのでは、そのことが心配じゃないの?」と聞くと、鄭伊健は非常に冷淡にこのように返した。「あなたが記者をやっていることを、彼氏が嫌がるの?そのことが心配?だとしたらいつも破局だね。」その後すぐ大陸の記者は恋愛問題については質問を避け、彼も笑っているだけだった。陳小春はというとマスコミの前ではプレイボーイ然としている。張柏芝とはタイ旅行に行ってマッサージをしあうような仲だったが、最近査小欣のインタビューを受けて、大口をたたき、彼女の結婚のことは別に大した事じゃない、自分も謝夫人(張柏芝)とは一緒に住んでいたことがあるのに(実際は言い間違いで、自分でも近所に住んでいたことがあると訂正していた)と語った。以前は、短気な小春はよくパパラッチと衝突し、罵ったり手を上げることもあった。二人とも香港の芸能界は生き残るのが大変だと言い、維持していくための全ての原則や方法を確立してきたのだ。


南:お二人とも香港芸能界生え抜きのタレントですが、今の芸能界はだんだん生き難いと思うことはないですか?例えば新人の売りだしかたとか、マスコミの報道のしかたとか。

鄭:実際は全世界的に同じだよ。

陳:香港はもっと深刻だよ、俺はよくわからないけど。

南:では、お二人はこういう事に直面した時の対処法ってあるんですか?

陳:何のために対処しなきゃいけないのかな、俺はもともと対処はしてないよ、例えば今日ここでインタビューされたことが、次の日には新聞になり、雑誌が出る、でも俺は読まない。どうして?ペンってのは武器でもある、よく書けばペンに、悪く書けば刀になって人殺しをする。だからこの何年も、俺はこういう報道は一切見ない。しかも香港のゴシップ紙なんて自分が見ても何一つ利益にならないのに、見る必要がある?誰と誰が付合ってるとか、俺には屁の役にも立たない、彼や彼女に聞けなければ、彼等の両親や友達にまで質問するだろ、俺の態度なんて聞かなくていいよ、もし自分に利益が返ってこないなら、こんな仕事はしたくないね。

鄭:陳小春のこういう様子は本当にすかっとするよね、小春は時々こんな風に無作法になるけど、僕もあいつと同じ、好きなものは好き、嫌いなものは嫌いだからね。

南:実際、たとえ大陸にいようとあなたの恋愛に関する報道は目に入ってくると思うのですが、こういう報道に対してはどう対処しますか?

鄭:そういう報道が始まった時は、僕は阿Q精神で、自分のことを面白がってばかりいた。でも後になって自分の反省や、学習したことを生かして、回りの人に影響を与えるべきだと思うようになった。なぜなら自分は中国人で、こういう伝統的道徳観念をもっている。僕の行為を通して彼等に影響を与えれば、影響は一人では済まないんだ。僕はインタビューの時にはとても真剣に自分のことを話して、次の世代のためになるといいなと思っている。例えば盗撮だけど、次の世代には出てきてほしくない。一人一人が他の人から尊重され、自分の空間をもつべきなんだ。

この時、陳小春が突然携帯電話を取り出して、本紙記者のことを撮ろうとしたが、記者はもちろん無意識に避けようとし、笑った。そのあと小春はこのように言った。「ほらね、君も笑うだろ」記者は彼の言いたいことがわかった。どんな人も、突然の隠し撮りという行為の前ではうまく立ち振る舞いできないのだ。インタビューが終った時、記者はこう聞いてみた。あなたたちは私たち大陸のマスコミと、香港のマスコミ、どちらが友好的だと思いましたか?陳小春はすばやくその言葉に反応して、頭を低く下げて、記者のほうに手を伸ばしてきた。そして鄭伊健はこう言った。「どんな場所でもいいところもあり悪いところもある、香港のマスコミは大部分が良くないけれども、いいところもある。僕は大陸にもパパラッチはいると思ってる」多くは語らなくても、二人の性格の違いが一見してわかった。それは「率直」と「中庸」の違いだ。


**********

ええと、ちょっと原文に間違いがあるので訂正…。
伊健が金馬奨のノミネートを受けたのは「暗戰2」じゃなくて「冷戰」。
あと、この文を読むと、一見伊健と小春に10歳の年の差があるように見えますが、同い年でしかも小春の方が3ヶ月お兄さんです。

どうも、インタビューの間は二人でずっと突っつき合っていたらしいです。とても来年不惑を迎える男どもとは思えません(笑)伊健は、小春といるとちょっとおとなしくなっちゃうんですかね?二人でいると、伊健のほうが落ちついて見える・・・なんて、ありえね~(爆)伊健、大細路じゃなかったのか?!それとも猫かぶってる?


性格や見た目は違うといいますが、二人はわりと同じようなことを考えているんだな、というのは感じました。例えば賞レースに対する思いとか、今後の仕事の方向性とか。袁小田のエピソードなんかも、伊健が話しそうなことなんですが、今回は小春のほうが話してたり。


最近よく、伊健は裏方へ行きたいという言葉を口にするのですが、正直ちょっと寂しいです。
ビジュアルが10年後も保ち続けられるなんてもちろんそんなこと、ファンの私だって期待しませんが、俳優はその年齢にあわせた役柄が続けていけるじゃないですか。若いアイドルが主役にとって代わるのは時代の流れとしても、それを支えるだけのきちんとした演技のできる、中年以上の俳優はもっとたくさんいないといけないと思うんです。俳優やるならまだまだこれからだと思うんだけど…もうこれで充分、なんて思わないでほしい。
あと、歌。別に大々的にコンサートを開いてくれなくてもいいから、歌だけは続けてほしいんだけどな・・。

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2006.11.12

『天行者』チャット

11月11日の新浪網チャットルームにて。(前編)
(後編)
昨日のチャットの模様を再録してくれたようなので、のちほど訳して載せたいと思います。「天行者」の話いろいろ。…しかし、呉嘉龍と伊健のペアルックって。(こう言っちゃなんだけど、これって“どろぼールック”では…帽子から何から完全にかぶってるw)。

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<前編>鄭伊健『天行者』を語る もう悪の道へは戻らない_新浪娯楽傅


香港の有名映画監督・脚本家の阮世生が監督し、鄭伊健、馮德倫、方中信、張智霖、狄龍、周麗淇、胡静、霍思燕、葛民輝ら多くのスターが参加した映画『天行者』がまもなく11月14日から全国で公開となる。11月11日夜6時、監督の阮世生、プロデューサーの方平、主演の鄭伊健と呉嘉龍が新浪網広東チャットルームのゲストとして訪れ、ネット民のみなさんと映画の裏話や物語の詳細について語った。以下はチャットの採録となる。


司会:新浪網をご覧のみなさん、こんにちは!ようこそ新浪チャットルームへお越しくださいました。皆さんはもう今日のゲストが誰かはご存知ですよね、そうです、有名な俳優の鄭伊健さん、呉嘉龍さん、それから名監督の阮世生さん、辣腕プロデューサーの方平さんです。

鄭伊健:こんにちは、鄭伊健です。
阮世生:こんにちは、監督の阮世生です。
呉嘉龍:こんにちは、呉嘉龍です。
方平:こんにちは、方平です。

『天行者』は運命と人との関係を探る 『古惑仔』は単なる宣伝文句


司会:みなさんは廣州へ『天行者』の宣伝にいらっしゃったわけですが、阮監督にお聞きしたいのですが、監督であると同時に脚本家として、『天行者』はどのような映画にしたいと思ったのですか?

阮世生:実際これはある一個人の物語ですが、私はそこに関わってくる全ての人々の物語を撮るのが好きです。たとえ彼が警察であれ黒社会の者であれ、あるいはクロでもシロでも、私は興味を持って撮影しています。

司会:なぜ『天行者』というタイトルにしたのですか?何か特別な意味があるのですか?

阮世生:実はこのタイトルは、私たちが長い時間かかって討論してようやく決まったのです。劇中で描かれる「天」と「人」との関係に大いに関係があるからです。

司会:私たちは映画の宣伝ポスターに『古惑仔、渡世に戻る』とコピーが打ってあったのを見ましたが、これは合っているんでしょうか?

阮世生:一般的な言い方ですよ。たぶん他の場所でも宣伝になるからでしょうね、この地方でだけ古惑仔と書いているわけではないです。

鄭伊健:古惑仔は僕が以前演じた映画で、でも今回の『天行者』にはまた別の風格があって、古惑仔とも違う点があります。やはり僕たちの人生について語るもので、実は監督が言いたいことは、僕らが最初はこのような人であったとしても、後からどのようにでも自分の運命は変えられるのだということです。


鄭伊健は生まれ変わってももう一度自分になりたいとは思わない 賞を望んだこともない


司会:鄭伊健さん、あなたが劇中で演じる葉秋について、どこが以前の古惑仔と違うのか、ちょっと説明してもらえますか?

鄭伊健:全く違いますね。『天行者』はとても複雑で、名前一つ取っても全く同じではないと思います。

司会:今、あなたはかつての『古惑仔』シリーズをどのように見ていますか?

鄭伊健:僕はその後もたいへん多くの映画を撮ってきました。例えば『風雲』とか、実際本当に様々な種類の映画です。僕は俳優ですから、いつまでも以前のことを言われるようであってはいけないし、いつも変化があるようにしたいと思ってます。

司会:今回の演技と以前の演技ではどこが違いますか?

鄭伊健:監督の要求はいつも同じではありません。昔の演技のやりかたとは同じではないです。僕と陳小春が共演した時は、たぶんそのほとんどが自分の中で作ったものでしたが、今回は監督の要求は非常に高く、それは、監督がそれぞれのキャラクターを非常に鮮明にしたかったからで、僕は葉秋として、方中信は警察官として、一人一人が出す風格は全く違います。今日のこのインタビューの時点では、まだ皆さんはこの映画を見ていないと思いますが、もし見たことがあるなら、たぶん別の感覚を味わっているだろうと思います。

司会:この映画で賞が獲れそうですか?

鄭伊健:僕は最初からそういう方向で考えたことはないです。でも、一番楽しめたのは監督との仕事、それから他の俳優たちとの共演ですね。得たものは、この映画の製作の過程で、その過程の中からもかなり多くのものを得ることができました。


鄭伊健と張智霖の共演は、既に息のあったものか、それとも見知らぬ者同士だったのか


司会:この映画の中では馮德倫、方中信、張智霖、周麗淇などなど、大変多くの俳優による華やかな演出がありましたが、この中でほとんどの人と共演したことがあるんですよね?

鄭伊健:大部分が初めての共演ですよ!張智霖とは前に共演したことがあったけど、同じシーンはなかったから基本的には初めてだね。僕はとても嬉しかった。例えば張智霖についてだけど、彼とは知り合ってずいぶんなるのに、この映画が初めての撮影で、一緒に撮影している時はよく知っているようでもあり見知らぬ相手のようでもあった。僕らは知り合ってから長いけど、僕は彼にもいろんな事情があったことは知っているし、彼も僕がこの世界でどんな経歴を経てきたか知っている。だからおしゃべりしている時も、演技の時も、とても大きな助けになっているんです。

司会:監督とは初めてではないですが、今回は何か特別な感想はありますか?

鄭伊健:とても楽しかったですよ。

呉嘉龍:僕は鄭伊健に引っ張られる 方中信はアニキ


司会:呉嘉龍さんは伊健に対してどんな感想をお持ちですか?

呉嘉龍:実際とてもいい人です。僕も彼にリードしてもらってます。

司会:他の俳優との共演はどうですか?

呉嘉龍:方中信との共演もよかったです。僕たちは同じシーンが比較的多かったんです。彼も僕にとってはアニキのようだと言えます。関係はとても良かったです。


阮世生は俳優の表現に満足 男性の演技も女性の演技も大事


司会:監督は彼等の表現についてはどう見ていますか?

阮世生:その人の過去ではなく、現在を見るべきだと思います。私はほとんどの俳優の演技については非常に満足しています。俳優はみんな私とプロデューサーと話し合っていて、誰が誰を演じれば最も適切か考えました。彼等もみんな私たちの大好きな俳優ですし、それにこういう役をやってくれ、と頼んだら、どんなに難しい役であっても、彼等は自分の特性を充分発揮できました。これが最も重要です。彼等はみんなとても努力して演じてます。

司会:鄭伊健さんや呉嘉龍さんの外にも劇中には多くの俳優が出てきますね、例えば方中信、黎耀祥、狄龍、馮德倫などなど、この人たちの劇中での表現についてそれぞれ語っていただけますか。


阮世生:実際、どの俳優も大変誠意をもって演じています。私たちもそれほどの超大作を作っているわけでは
なく、出演を依頼したときに言ったのは、場面がせいぜい多くても8シーンくらいしかないので、一人でそんなにたくさんのシーンに出ることはありえないということです。こんなにたくさんの俳優がいますからね。だから俳優たちは自分の出演シーンには大変気を使っていました。例えばある一つのシーンがあったら、それをどのように演じるか?俳優同士の間にも葛藤がありますが、私は良い演技を求める。だから彼等もがんばって演じてくれます。

司会:劇中には男性俳優ばかりですが、この映画は男性中心なのでしょうか?

阮世生:はい。でも出てくる女性は全員非常に重要です。もしこの映画を見たら、きっとそれぞれの女性が少なからず出てくるということを感じると思います。

司会:登場人物が多いことで構成が荒くなる心配はありませんか?

阮世生:いいえ。登場人物はそれぞれが自分の物語を持っていますし、俳優はそれぞれ自分が何を演じているのかわかっています。私は、見終わった後も記憶に残るのが映画であってほしいと思っています。


方平:人物が面白ければ観客も満足する


司会:プロデューサーはいかがですか?

方平:私たちはこんなにたくさんの俳優たちに演じてもらっています、何人かについてはもう言及しましたが、実際映画というのは見る側や、演じる人によるもので、演じる者がおもしろければ観衆も満足するものと信じています。さきほど、司会の方は登場人物が多くなれば印象が弱くなるのではと言っていましたが、実際のところ映画というのは人が集まってできるものですから、どんな役柄であろうと、人物が多かろうと少なかろうと、その役柄がただ突出していることが必要となります。しかも彼等にはそれぞれキャラクターがありますから、組み合わせることで映画は面白くなると思うのです。


鄭伊健:もう古惑仔はしない


司会:伊健さんは、この映画で最も注目してほしいところはどこですか?

鄭伊健:僕は今の映画の考え方というのは比較的現実的だと思います。この映画は真実じゃないけれど、見た後自分の人生について考えさせられるものです。この映画ではひとりの古惑仔であることから始まりますが、実際はそれぞれの人生ととても近いものがある、見終わった後に人生についての自分の考え方が改まると思います。

司会:十年後もう一度「古惑仔」を演じるのはどうですか?

鄭伊健:僕はちんぴらじゃないし、もうやらないです。

司会:劇中にどんな相似点がありますか?

鄭伊健:多くの事情に直面すれば困難はあります。どんな角度から直面するか、楽しいか楽しくないか、ストレスのあるやりかたなのか、総じて重要なのは人生におけるストレスや、恐ろしい出来事に対する想像力です。実際、想像できれば簡単に対処できます。

司会:出演してみたい映画や共演したい俳優はいますか?

鄭伊健:たくさんね、まだ共演したことない俳優とはみんな共演したいです。


阮世生、香港映画の特色を語る 泥棒の映画を撮りたい


司会:監督は何か取り上げたい題材はありますか?

阮世生:ありますよ。僕は泥棒の映画を撮りたいんです。自分の命の危険を冒してまで何でも盗める、というのは刺激的ではないですか。こういう考え方もありです。

司会:監督のここ数年の映画を見ていると、基本的には年に1本のペースで作られていますが、わざとこのようなスケジュールにしているのでしょうか、それとも脚本の要求が高いからなんでしょうか?

阮世生:要求が高いのは絶対的です。私とプロデューサーは去年の11月頃から、『天行者』のストーリーの相談を始めているので、こういう映画を一本撮ろうと思ったら、脚本を書いてもらって、それから俳優を選んで、ロケハンをして、撮影して、製作後の宣伝などなど、一年はゆうにかかります。私は今の映画は観衆の要求が非常に高いことで持っているので、何でも好きに作ればいいというわけではないと思っています。


司会:『完全結婚手册』は阮監督が監督されていますが、同じ期間の間にラブコメディを監督したり、ガンアクションの映画を撮影されたりしていますが、ご自分では最も得意な分野は何だとお考えですか?

阮世生:実のところは物語は語る人によるということですね、でもストーリーについてはもっと気軽に言うなら、舞台が同じでなくても、見た後に悲しくなったり、どうしようもない気分になったとしても、ストーリーにはそれなりの意義があるものだと思っています。

司会:最近監督が撮影していらっしゃるのはみんなラブコメディーですが、どうして突然今回はアクション映画に転換しようと思ったのですか?

阮世生:実は私は以前はほとんど刑事ものばかりを撮っていたのですが、でもたぶん今撮っているものには現在ならではの感覚があり、だから何を撮影していようと、自分が撮りたいものがより良いというわけではないですね。

司会:ご自分の『無間道』の後、似たような雰囲気の映画が非常に多くなってきていますね。王晶監督や、杜琪峰監督らの撮っているような映画について、このような現象をどのようにご覧になっていますか?


阮世生:実は、彼等の撮っている映画はどれも素晴らしいと思ってます。アクションと刑事もの、ヤクザもの、どれも非常に強烈な映画で、私はこれこそが香港映画の特色だと思っています。


(後半に続く)


<後編>

「鄭伊健、頭を剃って生まれ変わったと語る 恋愛については黙し監督になりたいと語る」


方平:映画はもともと大衆の娯楽


司会:方平プロデューサーはヒット映画を数多く手がけてきました、例えば『旺角黒夜』『千杯不酔』などですが、刑事ものについてはどのような期待をお持ちでしょうか。

方平:刑事ものは面白いですよ。映画は実際は娯楽ですから、刑事ものにも私たちは娯楽的であると同時に、一つのメッセージを伝えるものであってほしいと思っています。例えばこの『天行者』について言えば、私たちは鄭