Let's Talk
U-Magazine Life 1066号
「だらだら過ごし じっくり選ぶ」鄭伊健
大陸で埃にまみれ黙々と撮影した3ヶ月間は、一杯のコーヒーを味わってのんびりすることもままならかった。それに、新しく生えてきた髪もまだ短い。今の鄭伊健は一歩を踏み出したところで、自嘲するところの「ムショ上がり」の状態だ。
「古惑仔」に別れを告げてから、伊健はこの数年間仕事の停滞期に入っていたと言われているが、彼にとってこの期間は、昔と違うことを試し、自身の俳優生活に新鮮味を加え、また、違ったライフスタイルを見つけることができた期間なのだ。
未体験の新鮮味
鄭伊健は新作「森冤」の中で植物学者を演じている。彭發監督は「阿孖有難」の次に再び彼と組んだわけだが、理由はこの俳優の口が達者だからなのだ。
「彼は僕のことを『口がうまい』って言う。どんなことも僕の手にかかれば、真実味が出てくる。彼は、もしこの役を僕が演じたら、僕の説得力をもって、きっとリアルに演じられるだろうと言っていた」
植物は動物と同じように感情をもっているという理論は、1960年代にある専門家が提唱したが、彭發監督はこの点から「森冤」の物語を構築した。自殺の森での連続殺人が発生し、死体が見つからない、ついには幽霊のせいか、あるいは謀殺なのかというところに至るが、伊健の演じた植物学者・樹海は植物が人間の聞き取れない音波を出して反応すると信じて、植物に訴えかけ、ついに事件の真相をつきとめるに至る。
「僕と彭發は子供のころ二人とも樂民邨に住んでいて、お互いの存在は知っていたけれども、友達ではなかった。まさか、その後彼が僕の出た映画(「風雲」)の編集をしたり、監督や演技指導をすることになるなんて思いもしなかった。彼はこう言っていた。『以前銀幕上で見たことのある鄭伊健はもう見たくない、だから自分が伊健にやらせるのは、彼が演じたことのない役なんだ』」
『阿孖有難』では双子の兄弟、弟は同性愛者で、『森冤』では伊健は初めて学者の役、そしてサスペンス映画に出演し、同じように新鮮だった。
「俳優として、僕はとても新鮮に感じた。またヤクザのボスをやるよりもずっといい。TVBにいた当時は、人にやれといわれたことをやるしかなかった。殺し屋とか、ゾンビとか、当時はばかばかしいと思ったけど、実際にはいろいろなことを試すことができたんだから。今の選択肢は昔よりかえって少なくなってしまったよ」
大陸で視野を広げる
去年の年末、伊健は大陸のテレビドラマ「霍元甲」を撮影するために、長年伸ばしてきた髪を切り、剃りあげてしまった。彼は香港のドラマで清服を着て陳近南の役(『鹿鼎記』)でゲスト出演したことはあるが、その時はかつらをかぶっていた。大陸のドラマに出演するのはこれが初めてで、「霍元甲」が彼にとって二つの初体験に踏み出す第一歩になったといえる。
「実は、撮影するのかしないのか、一年間揉めに揉めていた。僕は生まれつき怠け者で、遊びにかけては天下無敵で、仕事はやりたがらない、だから本当は撮影するのがすごく嫌だった。出発の前もずっと怖かった。その訳をどう説明していいかわからないけど、こんなに長い時間香港を離れていたことがなかったからだと思う。『森冤』の時だってタイに行っている期間は最も長くて一ヶ月、だけどテレビドラマは三ヶ月もかかるんだ!」
プロデューサーの關錦鵬の説得と、マネージャーの林珊珊の命令で、伊健はついに撮影を了承する。
「小春(陳小春)やチーラム(張智霖)は一早く北京に進出していたけれど、僕たちは行こうとしたことがない、それに頭を剃ったこともない、死ぬほど緊張したけれど、実際は大したことじゃなかったんだ。本当に可笑しいよね、大陸の人は僕に会うとすぐ、僕が霍元甲にとてもよく似ているって言うけど、内心こう思ってた。「あなたたちは霍元甲に会ったことがあるの?僕が頭を剃ったところを見た事があるの?」口を開けば僕以外に合う人はいない!って言うんだ。とても可笑しかったよ、別の世界に行ったみたいだった」
香港の俳優が大陸で撮影をすると、「香港組」として差別されるが、伊健もこの境地に初めて接し、大陸の俳優に驚かされる。
「彼らは以前からずっと壁を築いていて、近寄り難い雰囲気で、自分が一番と思っていて、一つの席を奪い合うようにとても競争心が強い。でも知ってのとおり、僕は遊ぶのが大好きだし、加えて小春や家仁さん(梁家仁)は一緒にいるし、今回彼らには『香港人というのはとても話好きで、とてもくだけている』と思われたんじゃないかな。」
大陸に行きたくはなかったが、皮肉にも大陸は、香港にはない自由な場所を与えてくれた。
「香港のマスコミが芸能人に与えるストレスは大きすぎる。クランクインすれば、パパラッチは向かいの山に撮影しに登ってくるけれど、大陸では誰も芸能人にはかまわない。とても自由で、気分良く撮影ができるよ。とても矛盾しているけれど、香港を長く離れていることは嫌にもかかわらず、こっちに来て見れば、香港を離れたことで却ってとても広い空間を得ることができたんだ。」
大きな勇気
大陸には俳優が多く、競争は激しく、香港の俳優が慢心していると簡単に競争に敗れる。皮肉なことに、伊健は北京に行ってみて自分がまだやっていけることに気づいたと言う。
「アクション、度胸、経験は全部そのために用意してあった。今日アクションシーンを撮ると言われても、僕は全く問題ない。どんな動きでも以前苦労してやってきているからね。以前の僕は辛いことや、ちょっとでも間違うと、みんなに頭を下げさせられるのがとても嫌だった。でもその頃の訓練がなければ、今日の僕はいない。40歳になってこんなことに挑んで、と心配する人もいるけれど、年齢や体力の心配なら、僕はまだ大丈夫さ、自分にまだ価値があるって証明できるよ」
香港映画の市場は弱く、大陸のマーケットは常に日が当たっている、しかも香港スターは大陸では引く手あまただが、伊健は自分が短時間の間に再び大陸へ行くことはないだろうと言う。
「大陸の市場でのドラマは得るものが多いが、また、金儲けに変わってしまうことも珍しくないんだ。食いぶちを稼ぐのでなければ、僕はエンジョイしたい、良ければ撮影する、それに過程は絶対楽しくないと。現段階の僕は、一つの仕事を終えたら、成果を味わって、それから他のことに取りかかりたい。この点では、自分はとてもラッキーだと思う、今はお金のことを気にせずに、じっくり選ぶことができるからね。」
仕事の停滞を経験した後、伊健は、永遠に頂点に留まっていることは不可能なのだとわかった。
「歌のほうでは、僕はもうCDを出すことはないかもしれない、アイドルが出てきた時、本当に現実を受け入れなければならなくなった。あるいは、将来は仕事を変えるかもしれない、社会福祉の仕事をしたいと思ったこともある。自分にまだ影響力が残っているなら、それを社会福祉のために使うんだ。でも、まずそれにはどこかでブレイクしないと。例えばドラマを一本撮って、反応が良ければ、ひとつ良いイメージが作れる、それをもって公共のために仕事をするだろう。」
伊健は言う。お金儲け以外に、自分には野望がある。「僕は霍元甲を選んだもう一つの理由は、もうすぐ北京オリンピックがあるから。国内ではこのテレビドラマを見ることが教育になる、霍元甲の武術の精神はみんなの心を奮い立たせるはずだ。」
10ドル儲けて4ドル使う
仕事を選ぶことができるなんて、多くのサラリーマンには夢のような話だが、それには安定した財政状況が必要だ。この点では、伊健もかつて失敗を経験している。
「マンション市場の景気が良かった時、周りが買えば僕も買うような状態で、1ヶ月に40万ドルもローンを払っていたことがある。マンション景気が暴落して、僕の銀行口座にはまだ100万ドル残っていて、2ヶ月分は払えるけど、2ヶ月後はどうしよう?マンションをどうしても投げ出したくなったけど、それでも200万ドルは損するんだ。こんな苦労をした後、僕は自分に言った。こんな生活は、二度と経験するものじゃない、と。」
だからたとえ遊びが好きで、無駄使いが好きでも、収支については、今は分相応なのだ。
「僕は、いつお金を使うべきで、いつ節約するべきかわかっている。10ドルあったら、3ドルまでは好きに使うけど、4ドル目で自分にストップをかけて、自分の今後のことを考える。結局、芸能人の命は短いもの、みんながみんな劉德華ではいられないんだ。それに、芸能人の生活は、踏み石の上に乗っかっているだけのものかもしれない。明日には違う業界に行っているかもしれない、ゲーム業界に進出して、ゲーム王になっているかもわからないよ」
彼の髪に至っては、儲けが少しずつ増えていくようになるのかどうか。また昔のように長髪がさらさらとなびくかどうかについては、保留のようだ。
「ちょっとは伸びてきたけど、以前のように長くする、とは言えない。時代は変わった。また長髪にするなんて、僕はイケてないって思うね」
後記
ある日、鄭伊健が本当にゲーム業界に進出しているかもわからない。
伊健には3回インタビューしたが、いつも話が尽きないのは、カメラマンとゲームの話をしている時だった。このゲームはどうやってクリアするか、あのゲームのパート1はあそこのショッピングセンターで買える、終りですよ、と制止しなければ、インタビューは全部PSPとニンテンドーDSに乗っ取られる。
鄭伊健は何年も前からちっとも変わらない、今も親切で、遊ぶのが大好き、アイデアがいっぱいで、でも自分ではこのものぐさな性格は50年経っても変わらないだろうと言う。彼は映画監督をしたいそうで、關錦鵬は喜んで資金を出したいと言ってくれてはいるが、ただしその脚本はまだ影も形もなく、面倒くさがりで頭脳労働の嫌いな鄭伊健にはまだまだ高い壁といえる。
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先月現地でゲットした雑誌のインタビューより。
写真は今度載せておきます。。「ムショ上がり」発言でこの衣装はどうなんですか~?って服です(笑)
髪はのばさないかもしれないし、CDは出さないかもしれないし、監督するにも脚本はまだないし・・・鄭伊健はどこへ行こうとしているのか。
今年一年は仕事しないつもりかなあ。「ゆっくり選ぶ」期間ということで。
まあ、それもいいかもね。
四十歳は「不惑」の歳、周りがどう思おうと、伊健の心の中ではきっと決まったことがあるのだと信じたい。
伊健、唔好心急、慢慢行喇。