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2006年7月

2006.07.31

男はセクシーな女に弱い、これ万国共通(笑)

2006年7月26日 大公報

写真:伊健、小春は審査員を任され、「挑戦者」ニキと3ショット。


モデルのアマンダ・S、周麗淇(ニキ)、袁潔瑩は『美女厨房』の撮影に参加した。三人共に骨美人(笑)であり、陳小春と鄭伊健が審査員を任された。三人の美女の中で、もっともセクシーなアマンダが一番人気で、小春は限られた英語能力の中から甘い言葉を繰り出し、ついにはウェイターに扮してジュースを捧げ、とうとうキスを勝ち取ることができた。

小春は四番手に並び3ヶ月待つ

アマンダは中国語がよく聞き取れないので、事前に「サボテンとガチョウの腸の炒め」を作るよう指定された時、シェフが何を言っているのか完全に聞き取ることができず、ついには我慢できずに「Shit!」の一言をもらしていた。しかし、彼女はその場にいた男性陣に最も受けが良く、小春は知っている限りの英語で始終彼女に話しかけていたが、どう言ったらいいかわからず、周りの人にずっと聞いていた。彼は「包丁」の英語すらうまく出てこなくてかなり可笑しかった。

小春はまた、料理をしている女性は最もセクシーだと誉め、もしできあがったものが美味しくなくても、きっとアマンダのを食べるだろうと言った。実は、開場前に三人の主役はアマンダにボーイフレンドがいるのかどうか既に訊ねていて、その時アマンダは三人いても気にしないわ、と冗談を言っている。小春がまた彼女にそのことを訊ねた時、彼女は広東語で笑って言った。「あなた、2、3ヶ月は待つわよ」小春は冗談で、自分は四番目に並んでも構わない、だけど何ヶ月か準備の時間をくれ、と言った。

その後小春はウェイターに扮して彼女にジュースを捧げ、アマンダはジュースを受け取ると、小春にキスをした。方力申(アレックス・フォン)と梁漢文(エドモンド・リョン)はこれを見ると争って彼女にジュースを飲ませようとし、アマンダも恥ずかしがることなく彼らにそれぞれキスしてあげた。
審査員の一人であるシェフですら彼女にジュースをあげようかと冗談を言うほどで、鄭中基(ロナルド・チェン)はそれを見て我慢できずシェフに「血管が切れますよ」と冗談を言った。
方力申が席に戻って来たときには、鄭中基は彼に笑って「早く座れよ、興奮してるのを見られないように」と冗談を言った。小春も「トイレに行かなくて大丈夫か?」と冷やかした。

そのため周麗淇(ニキ)と袁潔瑩は散々な扱いで、彼女たちは面白くないので審査員が彼女の気をひくのにかまけていると口をとがらせた。試食の時、小春はアマンダの料理の香りをかぐと、実にひどい英語で「君の料理は君の匂いがする!」と言った。その後シェフに取り分ける時に、彼にキスしたら90点はもらえるよ、と言われると、なんとアマンダはすぐにシェフにもキスをして、シェフも彼女にキスのお返しをした。
後で、小春にアマンダのことが本当に好きなのかと聞くと、彼はその場のノリだけど、でも彼女は確かに美人だねと言った。彼自身は外人の女の子とはデートはしないけど、相手が外人でも別にかまわないそうだ。


小春と伊健、健忘症に

小春は以前ガールフレンドの作った料理を食べたことがあるが、記憶の中だけに置いておきたいから言わないよ、と言う。彼は自分の彼女は絶対料理が上手くあってほしい、男が針仕事ができるのと同じで絶対プラスになることだし、台所仕事のできない女性なんてぞっとすると言う。小春はまた、女の人は週に3回はスープを煮ないといけない、結婚してからすることがなくなるし、おしゃれして派手な格好などできなくなるのだし、と言った。記者が亭主関白だね、と言うと、彼は笑って、「ただ女性を守りたいだけさ、外では女狐になってしまう女の子が多すぎるから」だそうだ。小春はまた、謝天華(マイケル・ツェー)の料理の腕は一流だと誉めていたが、張柏芝(セシリア)のお手製料理は食べたことがあるの?彼はセシリアの煮たスープを飲んだことがあるけれども、腕は悪くないと言う。


伊健は普段ビーフステーキを焼くことがあるというが、ハート型にして焼いたことはあるのだろうか?彼は、そんな無駄なことはしない、ステーキを食べるのに形が大事なのではなくて、肉質が大事なのだから、と笑った。以前、彼のガールフレンドは台所に立ったことがあるのだろうか?彼はすぐに忘れた、と言った。では自分で料理して食べさせたことはあるの?彼はまた笑って、忘れた、と言う。伊健は小春の言うことをそのまま借りて、これは自分の記憶の中だけにあることだから、言わないよ、と言う。

ニキ本人は料理ができないので、前の晩に初めて一品作ってみた。彼女はだめにしてしまうのが嫌なので、充分に安全措置をほどこしたのだが、記者が笑って、彼女は何もだめになるものなどないじゃないかと言うと、ニキは、女の子はこういうちょっとしたことが気になるのだと笑った。そうは言っても彼女はサボテンの棘で手を傷つけた。袁潔瑩も蟹を料理するとき不注意で指を挟まれていた。彼女はいまはドラマの撮影がほとんどなくなり、暇な時は日本語を習っているが、ひまつぶしではないと否定した。また、時間があるならもっと良い事ができると言った。


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香港滞在中に、番組の予告編を見てたのですが、これつまり「愛のエプロン」香港版です。
でも、「食在香港」だけあって、出てくる食材が日本より手ごわい!
こんなの、普通の女の子でも料理できないんじゃない?


ああ、こんなシチュエーションでも伊健がアホまるだしでなくてよかった・・・(笑)
まあ、ハグとかキスとかされそうになると全身で拒否する人(爆)なので、他の人のようにノリで行かないのはわかってましたが。
しかし男は万国共通、こういうことになるとアホですね~(苦笑)

そして、そんな人たちはその後男同士でご飯に行ったらしい↓↓↓

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2006.7.26 Sina.com(東方日報)

鄭中基、伊健 夜の街に消える

鄭中基(ロナルド・チェン)、梁漢文(エドモンド・リョン)、鄭伊健の三人は、一昨日の夜「美女厨房」の収録後、「美女厨房」のプロデューサー、錢國偉に誘われて一緒に尖沙咀山林道へ火鍋を食べに行った。番組の司会者の一人である方力申(アレックス・フォン)は現れず、火鍋をしている間、その場に集まった面々はお喋りに花をさかせ、深夜3時すぎにようやくお開きとなった。
まず最初に出口に現れた鄭中基は記者を見るやすぐに不機嫌な表情になり、一言も話さず車に飛び乗るとその場を離れた。続いて出てきた鄭伊健と梁漢文もカメラを避け、超特急で車に乗るとすぐにその場を去って行った。


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2006.07.29

書展の伊健、新聞より。

2006年7月22日 大公報

写真:伊健は新書の売上に自信

もう一度ビキニ写真を撮るのは嫌じゃない

鄭伊健は昨日初めて香港ブックフェアのイベントに出席し、新しく出版した本の宣伝をした。伊健は、まだ新書の発売からまもないが、すでに知られているように海外でのセールスが非常に良い、ただ香港でのセールスがどれくらいになるかはまだわからないと言う。

今回新書を出した後、伊健には小説を発表する計画がある。また誰か代筆の人を頼むの?伊健は、自分は書くのがきっと遅いから、また誰かに頼むだろうと言う。
昔、伊健は写真集を出したことがあるが、スポーツに関する内容で写真集をまた出したいと思っている。まだ若いうちに記念としてとっておきたいからだそうだ。写真集の内容について、伊健は水泳の撮影について敢えて言わなかったが、水着を着ての撮影についてどう思っているのだろうか?伊健は笑いながら、実はもう以前に水着の写真を撮ったことがあるが、週刊誌の表紙になってセールスに貢献するだけじゃないか、芸能人としては、もっといろんな方面での発展があるべきだと思う、と言った。

伊健はいま、マンガの実写版映画を撮りたいと熱望していて、もう一度「風雲」の聶風役がやりたいと思っている。けれども、この手の映画は制作費が高すぎる。出資者を探さなければ、クランクインすらできないのだ。

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0607香港滞在記

0607香港滞在記

旅行中の写真を少しずつアップし始めましたので、興味あるかたはごらんくださいませ。
この間モブログしたものについては、写真と文を追加していきますのでこちらもどうぞ。

12時間眠ってようやく目がさめてきました(苦笑)。
さて、これから新聞にとりかかるかな~。

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2006.07.28

消遣

香港から帰ってきたら、事務所の引越しがまちかまえていました。

引越しといっても、同じ建物の一階下に移動するだけですが(本当は山奥への移転話があったのですが、とりあえず半年延びたので助かった)、今週は準備でずっとダンボールの山に囲まれててドタバタして、全然おちつきませんでした。
とりあえず来週から新しい席での仕事です。

今度こそ遊んでいるのがバレバレの席なので、ますます仕事中にネットしづらくなります・・・でもやるぞ(相変らず不良社員)。

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というわけで、今週は先週の疲労を回復できず。
家に帰ってくると死んだように寝てるか、起きている時はネットとメールのチェック。

今日こそ先週分の新聞記事を・・・と思っていたのですが、Uちゃんのくれた伊健のコンサートDVDを見ていたら時間切れに。あー、腹抱えて笑った、"野山森"(爆)。(←「体操のお兄さん・伊」が珍妙なダンスを踊っている)

そのあと、引き続き広東語の同學・T小姐のくれた芸能ニュースの録画を見ると、さっそくブックフェアのニュースが・・・あっ、伊健の会釈発見!そうです、たぶんあれが私たちに向けたご挨拶です!!
下からは何を言っているのか全く聞こえなかったのですがずいぶんいろいろ話をしていた模様。しかし相変らず普通語のインタビューのため、全く意味がわからない。

伊健はここのところ毎日ブログの更新をしてがんばっておりますが、私はいまこんな調子で怠けモードです(汗)。
週末にがんばります、ハイ。

で、でも、ビデオ屋さんから借りてきたドラマ「火舞黄沙1~5話」(林保怡が出ているというのでついふらふらと・・・)、さらに香港でゲットした「笑看風雲」全40話がこのあと待ち構えているんだなあ・・・(汗)

ひまつぶしには当分事欠かない生活であります。つうか忙しい(笑)。


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2006.07.25

書展の伊健、生。

Ekin_bookfair2

香港二日目の朝、私たちは灣仔の香港會展(コンベンションセンター)にいました。
今回の渡航の一番の目的は、今年の香港ブックフェアに出品された、伊健の最初の著作となる『我相寫我心』を買うこと。

「本を買うためだけに香港に行った」と言うとかなり酔狂な感じはしますが、実は、今回本を出版したBMA所属のタレントたちはサイン会を開くことになっていて、伊健もやるのではないかという期待があったためです。でも、最終的には伊健だけはサイン会はなくなり、その代わりブックフェアの間のイベントに登場することになりました。


一応最前列にいたはずなのですが、さらに前にはカメラマンと記者が大量にいたので、全部手とか頭とか写りこんでいて、まともな写真は2,3枚。これは私の撮れた中では最もまともな写真です。


事前に聞いていたとおり、伊健は本当に「ハロー」を言いにくるだけでした(笑)
廣州から来ていたファンの子たちが、「伊健、そっちに日本のファンが来ているよ!」と言うと、伊健はステージの上から「我知、我知Ga!」と言うと、私たちのほうを見てちょっと会釈してくれました。正直に言うとこの日はあまりご機嫌はよろしくなかったような・・・。でも写真でもわかるように伊健は前より太っていて健康そうなのでよかった。私的にはこれくらい肉付きの良い時の方が好きなので。


イベントは正味1時間もなくて、今回は正面の入り口に車寄せがあったので、そこで出待ちをしてサインをもらってきました。あまり待っている人もなく(汗)、香港ファンと日本ファンと伊健で集合写真も撮ってきましたが、私はどこぞのくたびれたオバちゃんと化していて、とてもここでは公開できません(涙)。


本は思ったより盛りだくさんな内容で、写真もさることながら意外に文章も豊富です。
まだじっくり読んではいないのですが、イベントの後、香港に滞在中の私の広東語の先生に会えたので、さっそく中身をチェックしてもらいました。
先生は「なかなか深い内容ね~、簡単だけど良い言葉を使っているし、これ、テキストにしようかしら」と言っていました。嬉しいわー♪

もし興味のある方がいたらぜひ手にいれてみてください。香港では一般の書店でも売っているし、BMAのサイトでも買えます(要クレジットカード)。帰ってきてからチェックしたら、モンコビさんでも取り扱いしてくれるようです。


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サイン本。いつも隅にちまちまと書くのに、大きめに書いてくれました(なぜか)。

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2006.07.24

たぶん香港最後の食事

たぶん香港最後の食事

出発までみょーに時間があるので、空港の許留山でマンゴプリン食べてます。余力があれば中でも何か食べるでしょう(笑)ではひとまず香港よりお別れです。また後で!

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2006.07.23

香港の朝。

香港の朝。

滞在期間も残り少なくなってきました。今朝あった、ちょっといいこと。

朝御飯はホテルの近所の茶餐店で。お店のおじさんは超のつくほど無愛想でしたが(笑)、レモンティーの入れかたにこだわりがあったらしく、私が一旦手をつけたにもかかわらず「あっ、ちょっと待て!!」と言ってわざわざ入れ替えてくれました。それが写真です。

Pht0607231040

セットメニューは"A餐"でこんな感じ。

目玉焼きが両面焼なのが珍しい。普通は何も言わないと目玉にしてくれるんですが・・。
あと、バターをはさんだサンドイッチ用のパン。(「牛油方包」と書いてあるとこれ)
これにスープマカロニがついていました。ここのも美味しかったです。

ちなみに、NHKの旅する広東語でやっていた「走甜(じゃうてぃむ・砂糖抜き)」は私の怪しい発音でもちゃんと通じました。皆さんも香港に来たら是非お試しください。

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2006.07.22

お人形さんと共に

お人形さんと共に

ごはんを食べるらしいです?銅鑼湾のタイムズスクエアにて。


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お店は銅鑼灣タイムズスクエアの「食通天」にありました。ここには他にタイ料理、韓国料理、上海の小籠包で有名なお店など、いま話題のお店が集まっていて、家族でお食事に来る人が多いそうです。

一通りぐるっと廻ってくると、ちょっと他とは違って大人な雰囲気のお店。ここが今回行ったお店です。
行った時ちょうど中で中国式の人形劇(あやつり人形)をやっていたので、入ったら見られるかなあと思ったのですが、残念ながらそこにいた間に見ることはできませんでした。

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お値段はちょっと高めかなあ。。(日本では充分ありな値段設定だと思いますが)

料理はこんな感じ。

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モンゴリアンチキン






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Leungsanbark4

今日のスープ(普通に例湯なんだそうですが、とってもおいしかったです)





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きゅうりのあえもの(伊健の好物ということで頼みましたw)






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鹹魚炒飯のおにぎり
(さすがプロはちがうー!!)







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その後、引き続きお茶をしに行った「猫のカフェ」。
あんまり近くに来てくれなかったのですが、なんか和みますね~。
このあとは猫の写真のみで失礼します(笑)

Amao_1
Amao_2

Amao_3
Amao_4
私の頼んだのは「熱情奇異(キウイのスムージー)」。普通に美味しい。






おまけ。
銅鑼灣の時計店にて、SEIKO伊健
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ねずみの国

ねずみの国

香港ディズニーランドに来ています〜!ミッキーとは入ってすぐ遭遇、簡単に握手できてしまいました(爆)

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2006.07.21

書展の伊健

書展の伊健

書展の伊健

さきほど一瞬生にもお会いしました。感想は改めて。

香港書展にて別のブースでも伊健を発見し、店のお兄さんに写真を撮ってもらいました。それはまた帰ってから載せますのでお楽しみに。

もともと本好きなので、エンジンかかってきて気がついたら買いすぎてました…(汗)たぶん滞在中また来ます。ではまた!

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今日のイベント

今日のイベント

開始一時間前です。近すぎる〜!

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2006.07.20

旅に出ます。探さないでください。

明日の夜からしばし旅に出ます。
(場所は言わなくてもわかるねw)

さっきまで旅行準備のため、プリンターが大車輪でした。
(←なんの準備だか・汗)

面白い事があったらたまにモブログしたいと思います。一日一回くらいは。
(そんな暇もないことを祈りたい)

ではでは!

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2006.07.18

伊健、本で愛情観を語る


2006年7月18日 

明報

伊健、本の中で恋愛観について大いに語る

一年に一度のブックフェアが明日から開催され、多くの芸能人がこの機会におもちゃ箱の中から飛び出して本の世界にやってくる。鄭伊健、周麗淇、關心妍は昨日新書発表会に出席し、本を書いた感想について詳しく語った。
伊健は新作『我相寫我心』のために一年間の準備期間を費やした。写真と口述筆記の手法を用い、生活の経験と考え方の違い、恋愛観も含めて、を記録した。
「この本のポイントはこの中にはないんだ。僕はこの本は友達にプレゼントして、次はアクション恋愛小説を書きたいな」(以下略)

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東方日報

昨日BMA出版社は記者会見を開催し、鄭伊健は自分の恋愛経験不足を自嘲し、恋愛ものを書くのはあきらめて、エッセイと写真集に変えたが、新作の中でも破局後の恋愛観にはふれている。關心妍は失恋のおかげでよけいな気苦労があり、自分の選んだテーマが恋愛小説のため結末を変えることになり、本は年末に出版することになった。

記者会見場ではBMA社長の羅傑承、出版社の責任者で社長夫人の梁芷珊、重役の林珊珊、所属タレントの鄭伊健、關心妍、周麗淇、蔡一智、林暁峰、康子妮、傅珮嘉らが登場し、大変賑やかだった。

破局後の気持ち

鄭伊健のエッセイ集『我相寫我心』の中では、自ら恋愛観について語っている。「ほんの数行じゃないか!(いつ書いたの?ジジと別れる前?別れた後?)全部今年の感想だよ」
去年の年末にジジと別れた彼なので、今年ということは別れた後なのだ。伊健はまた、「会社からたくさん本をもらったので、家族と友達にあげるんだ」と言う。ジジの分はないの?伊健は答えなかった。(以下略)

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星島日報


昨日鄭伊健と周麗淇(ニキ)、關心妍らは所属するCD会社、BMAの出版社部門の旗揚げと新書発表会に出席した。社長の羅傑承がシャンパンを開けて祝おうとして、誤って自分やニキ、ウェイターにしぶきを浴びせてしまい、とても気まずそうにしていた。
伊健に、新作『我相寫我心』ではなぜ彼自ら写真を撮って内心世界を表現し、CDをおまけにつけなかったのか訊ねると、伊健は「今はCDを出しても売れない、それはネットと関係がある。だから本の出版と曲をネット上で公開することを組み合せた。」伊健はこの本の中で自分の愛情観について書いていて、でも前の彼女の梁詠琪に贈るかどうかについては答えなかった。
(以下略)


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今日もニュースいっぱいです。


香港行きまであとちょっと。私にしては珍しくかなりドキドキもんなのですが・・・遠足前の小学生みたいだ。

今年、これまでの香港行きは前振りですからね~。ひょっとしたらこれが今年、伊健関係の最初で最後のメインイベントになるかもしれないし。

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2006.07.17

MV放映開始、本も発売になったよ。

ようやく『感官世界』のMVがBMAのサイト(音出ます注意!!)から見られるようになりました。
ちなみにトップページのBGMは伊健から始まってますが、途中で切れてしまいます。
でも、個別ページに入れば「感官世界」はたっぷりきけますのでご心配なく。

キヤノン連動企画のゲームなんかもあります。でもやっぱりYahoo!Blog(香港)以外は参加できないんだって(TT)。

そしてショック~!MVもうちのPCでは見られません(TT)
明日昼休みにこっそり見ます。


・・・・やっぱいまだにWin98だから??

写真は辛うじて見えました。
猫とか豹とかダチョウに混じって、カッパが一匹いるのは気のせいでしょうか??
あと、自宅のEコレクション(笑)がさりげなくあったり。
アングルとしてはクローズアップがお好きなようです、カメラマンE。


ところでもうひとつ、サイトには本の発売にあたって、直筆メッセージがあるんですが・・・。

伊健、字がうまくなった??

私は伊健の直筆というと、大昔にもらったサインの「Dear●●(←私のなまえ)」のところと、「感激我遇見」のMVの最後に出てくる直筆メッセージくらいしか見たことがなくて、こう言っちゃなんですがどっちもめっちゃきちゃない字だったんです。(私の友人・某Tさんはこれを見て、「お勉強できなさそうな字ね」と言ってたくらいです。そりゃーさ、お習字の大家の某兄さんじゃないからさwww)

オトナの字。いいっす(壊)

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2006.07.16

最初の一口がうまい(1)

壹周刊7月6日号 豪語録

身軽になる― 鄭伊健

鄭伊健は記者にケントを一本もらうと火をつけて言った。 「一口目の煙がいちばんおいしい、食事の時の一口目のお酒もそうだ」 愛情もそう、どうしてかはわからないが、問題は、38歳にもなると、初恋の時のドキドキ感はもうありえないということだ。今は恋愛に休みを必要とする時期、まさに嵐の時の休漁期のようなものだ。 鄭伊健は言う。芸能界に入って以来、大衆の注目を集める以前から、彼女のいない時期がなく、いつも誰かいた―あるいはいない時期が極端に短かった。たとえば:伊健がマギーに一生愛すると誓った言葉がまだ生きている間にも、梁詠琪が既に勝利者として伊健の家を出入りしていた。間髪をいれず、伊健という漁師は交際に忙しかった。 梁詠琪と別れて6ヶ月になり、この20年間体験した事のない感情の空白は、まさに一口目のたばこや酒にも似ている。鄭伊健は、映画の共演者の黎耀祥(既婚)、張智霖(もうすぐパパになる)、方中信(彼女あり)を引き合いに出して、彼らが自分の身軽さをうらやましがっていると言う。―男とはまったく気が多いものだ。皮肉なことに、一人になったあとはまた仕事の依頼が多くなったり、先日本紙がタイで水着姿のもっこりを撮影したこともあったよね?仕事もOK、愛情もOK、精力を蓄えることが大事なのだ。

◆◆◆

西貢・ミッドレベル

「タイでもっこり」の事件の時、彼はちょうど「ウルトラマン」の撮影中だった。
芸能界デビュー当初、鄭伊健は元ミス香港の梁佩瑚と知り合い、彼女は若い彼に対して、自分の希望を一つ一つ書き出してみなさい、と言ったことがあった。何年も経ってから、彼女はそのタイムカプセルを開けて伊健に見せてくれた。
「本当にびっくりしたね!CDを出す、と書いてあって、それは実現していた!当時はマンガの『風雲』に夢中になっていて、風の役を演じたい、と書いたけど、それもかなった!ウルトラマンさえも、日本の俳優しかなれないと思っていたのに、タイにも版権があったから、僕に演じさせてもらえたんだ。」
鄭伊健は、成功するとか会社の社長になるとか大口をたたいたわけではないし、景気の暴落による大損や、運に恵まれないこともあったけど、目標を達成できてないわけじゃないから充分満足なんだ、という。

不動産投資(マギーと住んでいた北角の摩天ビルも含め)への失敗については、鄭伊健も運が悪かったとは思っているが、一方で、一人西貢に移ったのはロッククライミングとかダイビングをやるのに便利だったからでもある。もしパパラッチの心配がないなら、保安も比較的しっかりしている匡湖居に移り住んで、できるなら一生暮らしたいと思ったのだ。
「大埔に住んでいた最後の頃は、不動産屋が絶えず電話をかけてきていて、近所の人たちも駐車場の空き地にペンキで境界線を引き始めていた。僕は駐車料金のことなど気にしなかったのだけど、変な感じになってきた。香港人はその人がどこに住んでいるかでどれだけ稼ぐかを判断するけど、お金が稼げなくなったらあっというまにいなくなる!引っ越さなければ誰かが心配するだろうし。匡湖居に入居したあとでも、珊珊は僕の生活がのんびりしすぎて野心が足りないのを嫌がっていたね」

マネージャーの林珊珊だけでなく、彼女の梁詠琪もまた本音を見せた。2人の仲が良かった頃は、朝晩と会うのに便利だからと彼女も匡湖居に住んでいたが、別れた後、ジジはまず最初にミッドレベルの豪邸へ引っ越してしまった。もともと辛い選択ではあったのだろうが、女はロビンソンロードへ去り、男の住まいは田園の中に残った。2人が別れることになったきっかけ、分岐点はなんだったのか?
伊健はため息をつく。「別れるときには、当然考え方の違いがあるよね」
(つづく)

**********

酒、たばこについて。

ビールも最初の一口が一番おいしいんです。
先日、一ヶ月ぶりにホンモノのビールを飲んだらかなりハイになりました(笑)


最近スモーカーであることをあまり隠さない伊健です。
確か最後に日本でファンミをやったときには、禁煙映画を持ってきて見せてなかったっけ・・・?
(・・・やはり嫌煙家の彼女がいたときは自由に吸えなかったのだろうか)

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2006.07.15

靚仔丫嘛!!

BMAニュースより。


最近ひげひげで真っ黒に日焼けして、ワイルドな中年オヤジの色気をむんむんに出していた鄭伊健さんですが、ドレスアップすればこんなもんです。まいったか(←誰に言ってるの・・・?)。
「オペラ座の怪人」を見に行ったらしい。ミュージカルぅ。

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香港行きまであと一週間きりました。
最近生活が荒れているため肌がボロボロ。。。
昨日も終業後あっさり飲んで帰るつもりが3時間。
(でも、この前の「懇親会」メンバーだったので、やはり異様な盛りあがりを見せていました。やばいよこの人たち。)
家に帰って、PC立ち上げたまま眠り込んでしまい、気づいたら明け方でした。

それにしてもこの顔、あと5日でなんとか修復せねばと焦っております。できんのか??

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2006.07.14

伊健欠乏症

BMAニュースより。

伊健のMTVの断片です。手の写真は南アのショットかな。まだ写真しか見られないのよね。

はやく歌がききたいです。せめて19日より前に。


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ブログの更新ができなかったあいだ、仕事が山のようにおしよせてきてました。

昨日は危うくバスおじさんに・・・いや、昨日も今日も既にバスおじさんと化してたな(汗)

ノー残業デーなのに終業後の不毛な話し合い(200%仕切りに問題あり)に駆り出されたり、相手の都合に合わせていつまでも待たされていたり。あげく「なんで俺?」な他人の仕事の後始末・・・おかげで、今週見に行くつもりだった「レジェンド・オブ・ズー」はもう見に行くことができなくなってしまいました。あしたは暑気払いだし。。

後でひっそり一人上映会やろう(TT)。


太陽報のインタビューの訳は、この週末にまとめて努力したいと思います。
伊健の話し言葉は、なんというか独特の造語がちりばめられてて笑えますが、訳すのに難しい(笑)。


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太陽報のインタビュー記事は、タイトルも改めて「鄭伊健の精神世界(1)~(5)」として訳しました。(7/15)
大家分享o垃!(みなさんも楽しんで!!)

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鄭伊健の精神世界(5)

太陽報


愛を語り道理を説き、本を出版して世に警鐘を鳴らす
伊健が言いたいこととは…


今年の夏休み、鄭伊健は作家の仲間入りをし、彼の初めての本『我相寫我心』を出版する。
この本は写真から物語を引き出す形式だ。
もともと伊健の構想では、危機意識に関する本を出すつもりで、それは彼が香港人は幸福を絶対的なものと思っている人が多すぎ、危機に直面したときにうまく対応できないと感じたからなのだ。
彼自身は非常に危機意識の高い人で、だからこそ低迷期も絶頂期もうまく乗り越えられてきた。けれども、最終的には市場のニーズを考えて、テーマを変えたほうがいいということになった。

◆ ◆◆

学がない自分を思うと、本を出す機会があるなどと思ったこともなかった。すべては社長夫人の梁芷珊の提案で、彼女は会社に所属するタレントが本を出版することを全力で応援してくれている。僕もためらっていたけれども、先日テレビ局の仕事でタイに行き、ドキュメンタリー番組『向世界出発』を撮影してからは、人生に対する新しい見方をもつようになり、これを受けることはひとつの新しい挑戦になると思った。

危機意識を掲げる

僕の最初の構想では、危機意識に関する本を出すことになっていたが、それはこの手の本が出版されたことがないということのほかに、自分の出発点でもあるからなんだ。
僕は心配性というわけではないが、ただ、香港人は実際の所幸せすぎて、その環境のせいで危機意識が欠けがちになっていると思った。けれどもこれはかなり重要なことで、物事や人、あるいは愛情はいつでも変ってしまうものだ。後で会社と相談して、形式は変えても、もちろん僕の本来の構想は部分的に残していくことになった。
自分をふりかえると、危機意識のある人間だと思う。何かをするときは、もっとも大事なのはキープ(維持)すること、でも人は惰性によって簡単に自制能力を失ってしまい、何か起きた時にどうしたらいいかわからなくなる。最も簡単な例は日々の仕事で、それを大事にせず、幸福が当然のことのように感じている人がいる。でも、実際は今日のごはんにありつけることがあっても、明日も同じとは限らないんだ。

僕を啓発してくれた出来事がある。ある日本の雪山に登山した時、年の頃は60歳くらいの旗振り役がいた。彼は毎日登山者に対して指示を与えていたが、他の人が見れば簡単なように見える仕事についても真面目な態度で、旗を振る毎に一生懸命で、自分の仕事に大変敬意をはらっていた。もしこれが香港人ならば、うまくやるだろうが、2年目にこれだけ集中できるとは限らない。

蓄えによって飢えをしのぐことを学ぶ

また、南アフリカへCM撮影に行った時、僕はたくさんの必需品を持って行って、ウィンドブレーカーも着ていたけど、それは南アフリカがほんの30分車で移動するだけで、寒暖の差が激しいことがあるような土地で、いつでも凍え死ぬ可能性があるからなんだ。でも、香港人は必ずしも危機意識があるわけではないから、たぶんたった30分の車の移動の間にこのような大きな変化があるとは思わないだろうし、こういう危険に対してうっかりしがちだ。僕はしっかり準備をするから、多くの人が僕の事を慎重派だと思うだろうが、僕もそう思う。仕事の量が激減したとしても、事前にきちんと蓄えれば恐れることはないよ。

僕もまた市場のニーズを考慮して、受け入れられるものになったと思う。けれども、身近に大勢いる友人の中には作家もいる。それは梁佩瑚で、彼女は遥か遠いカナダに住み、香港に原稿を送って本を出版していて、ずっと売上もいい。彼女の売上をみると、僕も励まされるし、自分の経験がお客さんに支持されると確信するよ!

最後に、この5日間ここに見に来てくれて、僕の精神世界をわかちあってくれた読者の方と友達に感謝します。
(完)


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伊健の本は来週から始まる香港ブックフェアで発売です。
(サイン本が欲しい方は、BMAのネットショップでも売ってます。65HK$。)


一週間の連載がやっと終りました・・・私も読むの大変だったけどおもしろかった!
個人的には、サンサンとのくだりが一番楽しかったです。

恋愛の話は、雑誌のインタビューなどでも毎度やっているので、基本的な考え方はあまり変らないというのがわかりましたが、この2人のやりとりは漫才でも見ているようで本当に可笑しい。
当時の伊健にしてみたら必死だっただろうなぁ。でもサンサンがお尻をたたくという形で牽引していったからこそ、絶頂期の伊健がいたともいえるし、私たちは「クールな浩南」だったり「おかしな羅濱」だったりする伊健を見ることができる。伊健の芸能人としての可能性を広げたという点では、恋人以上に重要な人と言えるとおもいます。

「危機意識」の話は、わりと前からよく出ていました。
地震のない香港で、非常持ち出し袋を用意したとか、不意の停電(これはよくありそう)に備えて懐中電灯を持ち歩いているとか。そのへんの慎重さは父親譲りとも話していました。本当はそんな意識を反映して、もっと堅い内容にするつもりだったのでしょうが、タレント本としてファンのニーズを考えるともっと柔らかい内容のほうがよくなったということでしょう。ちなみに写真は伊健のデジカメによる作品、これもたのしみ。


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2006.07.13

鄭伊健の精神世界(4)

太陽報


友人が運命を変える
伊健は彼女から多くのことを得た

恋人以外にも、鄭伊健にはずっと周囲の女性の支えがあった。
恋の噂のあった舒淇や、マネージャーの林珊珊は共に彼の生命線の重要な位置を占める女性である。珊珊に対する思いを挙げれば、2人の関係は意外にも「喧嘩」から始まったのだと言う。

◆ ◆◆

芸能界には、僕は何人か女性の友人たちがいる。袁潔瑩や『風雲』で共演した舒淇だ。僕と舒淇は会ってすぐに意気投合した。だから僕たちは大親友になったし、お互い楽しむのが好きで人付き合いもいいので、顔を会わせれば、いろいろなことを何でも話す。僕は彼女の正直なところがとてもいいと思う。

全ては喧嘩から始まった

もう一人、それは僕のマネージャーの林珊珊だ。みんなは意外に思うかもしれないが、僕たちの関係は喧嘩から始まり、だからこそ今日の信頼があるんだ。当時の珊珊は「強引」すぎていつも記者たちが苦労していた(いまはもちろんそんなことはないけど)。
当時僕はBMG(香港のレコード部門)にいて最も長時間仕事をしていた所属歌手の一人だったけど、珊珊は別の部門から異動してきて手伝うことになった。僕たちが最初に顔を合わせた時に、林珊珊は僕に対してひどいことをしたんだ!あはは!彼女はとても変っていて、それはこんなことだった。その時の彼女は僕に向かってこう言った。「私はあなたの仕事を引き受けたわ。明日どこそこへ行って誰々の歌を歌ってきて!」僕はこう言った。「ほかの人の歌を歌うの?無理だよ!」すると彼女は怒りを爆発させてこう言った。「なんでできないの?結局はやらなきゃいけないことなのよ!」

またあるときは、彼女は少しも容赦することなく、僕の歌が下手だと言うので、ついに僕は彼女にこう言った。「僕は歌手だけれども、あなたがそんな言い方をしたら歌う自信をなくすじゃないか!」

本当は、僕は他人の批評を受け入れられなかったのではなくて、彼女に自分の辛口な物言いを反省してほしかっただけだった。幸い、2人とも協力して進んでいこうという気持ちがあり、良くしようと思って言っただけのことだから、一緒にいる時はいつも反省して一歩引くようになった。


契約は信用という言葉のみで


彼女は僕のマイナス思考を変えてくれた。昔の僕はいつも演技に腰が引けていて、経験のないことに対して否定的だった。『古惑仔』なんか十数回も断ったのに、珊珊は僕と違う意見を持っていた。彼女の中では、すべてのことに可能性があり、どのチャンスも一つとして抹殺することなどできないんだ。だから彼女はいつも僕にこう勧めていた。「まずやってみなさいよ!やってみなけりゃわからないでしょう!」何年もの間の摩擦を経て、僕たちは喧嘩から対等なパートナーへ、それもお互いに信頼しあえる相棒となった。

まだ僕が無線電視の所属タレントだったとき、僕はTVBよりも僕のレコード会社の重役だった珊珊に対して気を使いすぎていて、TVBも契約が満了したときに珊珊と契約してはどうか、と言ったほどだった。僕たちはマネージメント契約が満了したあとも継続はせず、わざと直接CMの契約を受けたりしてみたが、一種の契約関係が必要ということがわかったんだ。これは信頼にのみ基づいていて、契約書は必要としない関係だ。芸能界では本来発生しにくい関係だよ。
(続く)

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2006.07.12

鄭伊健の精神世界(3)

太陽報

損得は問わず、機会を待つ
伊健はピンチの中に楽しみを見出す

低迷期を経験してきた鄭伊健であるが、前向きに直面することができるかどうか、すべては彼の人生に対する見方にかかっている。伊健は得ることだけでなく失うことという視点があることをわかっている。仕事が落ち込んでいる時、彼は昔デビューしたころの苦しい時期を思い出して、低迷期の余暇を楽しむことだけに専念していた!

◆◆◆

人間にとって、好不調の起伏はとても深刻に思われるものだけれど、僕は淡々としていられる。それは、僕の座右の銘は、「楽しくないことが多いから楽しみがわかる」、起伏のない人生なんて楽しくないよ。実は、昔、俳優養成所にいた時、ぼくは既に低迷期を経験しているんだ。僕がクラスの中の誰よりも出来が悪くて、いつでも出ていっていいと先生に思われていたなんて信じられる?それを知ったとき、とても頭にきたんだ。なんで僕なんだ?って思いさえした。その時の気持ちは、僕の同期の李家聲も知ってる。その後歯を食いしばって耐え、試験に合格し、契約して、生き残った僕は、演技の基礎を作るために努力した。

僕のデビューはそれほど順調ではなかった。撮影し終えても八つの倉庫にお蔵入りしたまま表に出ることのないドラマがあり、それに死ぬほどがんばっても武術指導の先生からいつも「へっぴり腰」といわれていた。
陳奕迅の「最佳損友」という歌を聞くと、僕はとても感慨深い。確かに、友達と敵は、そもそも違う段階にいて、占める地位も違う。当時はよく武術指導の先生に怒られていたから彼らを敵視していたけど、今の僕は感謝している。会った時にはお喋りして冗談をいうこともある、あの訓練の段階がなければ、鄭伊健は進歩しなかったのだから。

成功は運まかせじゃない

だから仕事が次の低迷期に入ったとき、僕はそれほど辛いと思わなかった。多忙から暇になったけれども、CDも映画も雪崩のように押寄せていたころから、映画の仕事だけが残ったんだ。その当時は「わあ、なんでこんなに周りが静かなんだろう?落ち目みたいじゃないか!」とも思った。心配になるのは暇になったからだと思うだろうが、でも気持ちがしっかりしていれば解決できる。僕はこう思う。「必ず通るステップなんだ!もちろん前は1日中遊んでいたいと思っていたけど時間がなかった、今は『お休み』をもらえたんだから、自分を休ませないと!以前は鄭伊健の成功は運がよかったからだと言われたくなかったけど、今はあまり運がよくなくて、かえってよかったよ!これからはもう人から僕の成功は運が良かったからだとは言わせないよ。」

低迷期は苦境ではない

楽観視できるということは、僕が物事を解決する方法を知っているからとも言える。まず心のありようから取りかかり、自分に問い掛ける。この仕事の出発点はなんだったか?当時、自分は勉強もあまりできなくて、経歴もよくないから、仕事を見つけるのがとても大変で、大きな会社が雇ってくれるなどありえなかった。わずか3000香港ドルの給料でも十数年前は充分だと思っていて、自立できる、これで目の前の問題は解決したと思った。当時は3000香港ドルを稼いだだけで充分嬉しかった、いまの僕は3000香港ドルよりずっと多くもらっているのだから、もっと嬉しいはずだ!自分の心のありかたを克服できるので、僕は容易に満足できて、困ったときにもイライラしないんだ。

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2006.07.11

鄭伊健の精神世界(2)

2006年7月11日 太陽報 


7年間の愛は楽しい事も辛い事もあった 本当の愛は明日に
伊健・梁詠琪 結婚のタイミングを逃す


鄭伊健は今年一月、7年近くつきあってきた梁詠琪(ジジ)と別れたが、先日彼女の方は赤裸々に二人の破局の始まりについて語った。仕事を第一に考えてきたと自認するジジは、結婚のことは考えたことがなく、一番大事に思っていたのはいつも楽しくいられることだった。別れを口にしなかった伊健にとっては、つきあっていく中で一番大事にしていることは思い出で、以前は結婚を念頭に考えていたこともあったのだが、二人の足並みはそろわず、結局はそれぞれの道を行く