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2005年1月

2005.01.30

香港からの郵便

今朝は二回に分けて、三個の荷物が届きました。
ちなみに全部香港発です。
配達の人は「妙な家だなあ」と思っていたに違いない。
(もう思われてるな、多分)

一つは、クリスマスの前に香港から投函した小包。航空便なのに一ヶ月かかりました。
これについては郵便局と喧嘩・・・クレーム・・・いや、正当な苦情を述べさせていただいたので、これ以上ここでは言いません。とにかく無事に着いてくれてよかった。
なかみは『阿孖有難』の原作本とか、前から気になってたもので主に向こうで買った本、あと、友達用のおみやげ少々。大したものじゃないけど、やはり心配してたのです。

あとの二つはCDとDVDでした。『阿孖有難』のDVDももちろんありますが、何を血迷ったか、DVDを買うついでにCDも買ってしまいました。
(某通販さんが只今「50米ドル分買うと5ドルキャッシュバッククーポン進呈」とかいうのをやっているので、ついつい・・・(汗)で、もう買うまいと思ってたのだけどまたクーポンをもらってしまったので、たぶんまた買うことになるでしょう。コンサート予習用のCDを・・。いやー、やばいです。財政難です)

最近、家で聞く音楽は絶対癒し系、と決めていて、お気に入りはデビッド・タオ。といっても一枚しか持ってないのでそれをずっと聞いていました。実は今回も新譜と一つ前のベストを買ってしまいました。
玄人好みとかこだわりのこととかいろいろ小難しいことはわからないのですが、聞いていて飽きないメロディーと声が単に好みなので。初めて聞くのになつかしい感じがするところもいいのかもしれません。
あとは、王力宏の新譜も買いました。音楽で聞きたいと思うものは近頃台湾系ばかりの自分なのですが、だからといって必要以上に流れていかないのはなんでだろう・・・?やはり言葉の壁か。

伊健もまた新譜を出してくれるといいのですが・・・年一枚ペースかな、このぶんでは。

そして、増殖しつづけるCDをなんとかするべく、収納場所を「個室」へと広げることに・・・。
しかしそれでもまだ片付かない。やっぱりそろそろ引越しを考えるべきかしら。


もともと、写真とか卓上カレンダーを飾ろうと思って買ってきたウォールポケットなのですが、大きさがちょうどCDサイズなので、余ったスペースにはCDを入れてしまいました。
新宿のマイシティに300円ショップがあったので、そこで「お買い得♪」と買ってきたものです。
後日同じ新宿の某人気インテリアショップで、同じものを三倍の値段で売っていたのを見た時にはちょっと驚いた。

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いま、日テレの深夜番組が始まったところだけど、冬ソナブームから日韓関係についてまで討論する番組のようだ。「ヨン様に捧げる異常な日常」とか言われて、家にポスターとかグッズとか立看板を置いてる人が紹介されるみたい。うちには立看板こそないけど、知らない人がみたらそうなのだろう。
・・・・どうでもいいけど、「異常」は大きなお世話だ(笑)。「見せる収納」と言って欲しいね、わが家の場合は(爆)。
それから、熱狂的ファンというと「いかにも主婦」とか「いかにも30代以上」みたいな人をつれてくるが、あれもどうなんだか。ますますファン像がステレオタイプになるじゃないの。


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2005.01.27

空飛ぶレスキュー隊員

TVBの新ドラマ、『随時候命』の撮影が始動したようです。
題名がこの前と変わっていますが、同じ飛行服務隊についてのドラマで、伊健は「空飛ぶレスキュー隊員」の役です。
ごめんなさい、今日は時間がないので訳はまたのちほど順次。

2005年1月27日 成報

鄭伊健,、短髪で楽しく撮影に臨む
珍姐、「度胸のある俳優がほしかった」

鄭伊健、佘詩曼、楊思琦と林保怡は、昨日新ドラマ『随時候命』のために衣装合わせをした。
TVBドラマ部門の副プロデューサー、曾勵珍が直々に現場の指揮を取った。
劇中の俳優達はいつでも仕事にとりかかれるので、休んだり遅刻は禁止と明言している。
また今回は、政府の飛行服務隊が撮影に全面協力してくれることになっているが、その条件として実際の救助活動の邪魔をしないことになっているので、TVBでは準備を万全に整えて、連絡をもらえばいつでも撮影ができるようにしている。

昨日、伊健は短髪に飛行服務隊のユニフォームを着て登場した。
彼が明かしたところによると、6,7年前に出演した『双面伊人』以来、TVBとは連絡を保っていて、ついに珍姐から彼に「勇敢な俳優を探している」と依頼があったのだ。
彼自身非常に遊び好きで、また題材も非常によかったので、髪を切ることについても全く気にしていないとのことだ。
珍姐は休みは無し、と言ってますよ?
伊健は笑って、
「彼女じゃなくてTVBに言われたんだよ。(ハードスケジュールですね?)期限は決まっているし、だいたい5月くらいまでで終わるよ。主題歌のことも相談中なんだ」

余詩曼、ショートカットも辞さない

余詩曼はシンガポールから戻ったばかりで、今回は救急救命病棟の医師を演じる。週末には飛行隊でボランティア活動をして、林保怡や鄭伊健と恋に落ちる。
以前伊健と共演した女優たちははみな彼のことをいい人だと褒めるが、彼女は笑って「本当にそんなにいい人なの?」
(彼女と不和の噂のある)楊思埼はオペレーターの役なので、直接のからみがない。ゴシップがこれで少なくなりますね?
「単なる宣伝よ!」
彼女の役は、交通事故で植物人間になってしまう役なので、いま髪を短く切ってしまうか考えているところである。
彼女の親友の郭羨妮は髪を切ったら運気が落ちた、ということを聞いても、関係ないと言っている。


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2005年1月27日 大公報

大公報 写真(なんだか嬉しそう・・・)

写真:伊健、飛行服務隊の役に興味津々

「無線電視」の新作ドラマ『随時候命』は昨日衣装合わせを行い、出席したのは鄭伊健、余詩曼、林保怡、楊思琦、鍾嘉欣らである。全員制服を身につけて写真を撮り、ドラマ部門の副プロデューサー、曾勵珍も自ら現場の視察に訪れた。

曾勵珍は、このドラマが飛行服務隊の協力を百パーセント受けることを発表し、ただし条件として、飛行服務隊の通常の救助活動を妨げないこと、例え撮影が始まっていても、服務隊が救援命令を受けて出動する時には直ちに撮影を中止しなければならない。そのため、製作期間は、今回は30回連続のドラマに対し4カ月を見積もっている。
彼女は笑って「今回は俳優たちに休暇が許されないだけでなく、ほかにも充分準備はできています。もしA計画がだめでも、すぐにB計画を実行するということになっているので、撮影に影響は出ません」

鄭伊健は6,7年前のドラマ『双面伊人』以来、また無線電視のドラマに帰って来た。
無線電視はずっと彼にドラマを撮らせようと思っていたのだが、なかなか機会がなく、去年になって「珍姐」と相談して、題材も新しいし、勇敢な、スタントなしで演じられる俳優で、彼のチャレンジャーな性格にも合うと言うので話がまとまった。彼の惜しげもなくばっさり切った短髪に、意気込みが表れている。今回の出演にあたり、伊健は年末にひととおりの訓練を受けたが、彼は笑って、
「僕は自分が飛行服務隊の仕事をやるべきだったと思うけど、残念ながら学歴が足りないよ」と言う。
劇中、山に登ったり海に飛び込んだりして救助をするが、オイルタンクの上でロケをすることもあるかもしれない。危ないと心配にならない?と聞いたところ、伊健は笑って、
「撮影は安全すぎるくらいだよ。(珍姐は俳優たちに休みを与えないと言っているけど、他の仕事に支障はないですか?)だいじょうぶ、僕はもう早めに休みを取ってしまったから。」
彼は昔、20話分のドラマの契約が残っていたが、今回は借りを返した上に、おつりがくるほどだ。自分で主題歌を歌わないの?伊健はいま相談中だと言う。

余詩曼は伊健との共演を喜ぶ

余詩曼はシンガポールにロケに行っていたところで、前の晩に香港に戻ってきたばかりだ。今回の劇中、彼女は救急センターの医師で、週末は政府飛行服務隊のボランティア活動をし、伊健や林保怡に思いを寄せるという役を演じる。伊健と共演した女優はみんな彼のことを褒めちぎるが、阿余は笑って、「今回は本当にいい人かどうか観察しなくちゃね」と言う。また、阿余は『無名天使3D』に出演した時、楊思琦との不仲が伝えられたが、今回再び共演するものの同じ場面は少ない。そういうことがないようにという配慮なのか?阿余は「前のことは宣伝だもの」と笑う。劇中、彼女は交通事故に遭い植物人間になってしまう。そこで、髪をショートにするか剃ってしまうつもりなのだが、大親友の郭羨[女尼]が髪を切って以来運勢が悪くなったことを聞いて、彼女のようになるのが嫌じゃないかと聞くと、関係ないと言う。

林保怡はヘリコプターの操縦を覚える

林保怡は劇中では一級操縦士を演じるが、彼は、自分は伊健より楽だ、なぜなら自分はヘリの操縦だけに責任を持てばいいのだが、伊健はびしょぬれで人助けをしなければならないからだ、と言う。保怡も同様、今回のために訓練を受けたが、残念なことにシュミレーションの機械しか操縦できず、まだ自分ではヘリを操縦できないのだ。彼は、前にヘリの操縦を習おうと思ったことがあるが、どれほど授業料がいるかわからない。また、ドラマに出るたびになにか役に立つことがある、この前はダイビングを習ったし、今回はヘリコプターの操縦を勉強して、空も海の中のことも詳しくなった。

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WWF発メッセージ

伊健が、サウスチャイナモーニングポスト(香港の英字新聞)のインタビューに答えているそうです。
公式サイトから見ることができます。

記事は別ウィンドウでこちらから。(英文)


記事全文は訳しませんが、大体こんなことを言っております。

*年頭にあたっての決意
どんなことがあっても、正しいと思ったこと、自分の道を貫こうと思っています。それは、環境問題に対する態度についてもそうありたい。自分も海に近いところに住んでいるので、環境問題に興味をもち、運動を推進するのは当然のことと考えている。今年は、WWF香港の海洋大使という立場もあるが、一般の人々にもっと環境問題に関心を持ってもらえるよう、メッセージを発信していきたいです。

*健康であるためにも、環境が保たれることは大事です。家族や身近な人々のためにも一歩一歩努力していきたい。

*やはり身近な環境問題について目を向けて欲しい。中国シロイルカ(ピンクドルフィン)のために、沿岸地区が保護地域に指定されたり、グリーンコンシューマー運動にも関心が集まることを期待します。

*仕事のほうでは、華僑がいるすべての国々でワールドコンサートツアーをしたい。
最近では、大阪のポップアジアフェスティバルに自分のバンドをひきつれて参加しました。そこでのファンとの生の交流は思い出深いものになっています。


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ポップアジアはよっぽど印象がよかったのか、最近ことあるごとに語ってます。
・・・・なんか思い出した。歌いながらのアイコンタクト(という思いこみ?)。

他にも、もっと時間をみつけてダイビングしたいとか書いてある・・・。
そういえば、登山するのも今年だったかと思うけど、どうなったのかな、あの話は。

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2005.01.26

昨日の伊健

陳小春のお母さんが亡くなったため、お葬式に参列したようです。
小春もかなりショックを受けている模様。ご冥福をお祈りします。

2005.1.26 wenweipo

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2005.01.25

IT「私の好きなCMタレント」大賞受賞

今日はほぼ全紙掲載です。
残念ながら今朝は訳している時間がないので、とりいそぎリンクだけ貼ります。
ひさしぶりなので、今晩までには一応全紙要約したいなと・・・がんばります。

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<2005年1月25日>

☆星島日報

IT製品が大好きな鄭伊健は、昨日「香港IT大賞」の授賞式にて「私の最も好きなIT製品のCMキャラクター」大賞を受賞し、生まれて初めてのITに関する賞をもらった。
PCM電脳広場」が開催した「香港IT大賞」は昨日授賞式が行われ、出席者の中には香港政府情報科学局総監?志光、華人メディア行政局総裁の黎廷瑤らもふくまれていた。賞に関しては、今年最も人気のあった代表的ハイテク製品の中から、委員会と一般投票によって16個の「プロフェッショナル製品賞」と「IT製品栄誉賞」「全港大学・大学院賞」及び「私の一番好きなCMキャラクター賞」が選出された。
キヤノンのCMモデルである鄭伊健は「私の一番好きなCMキャラクター賞」を獲得し、受賞後嬉しそうにこう話している。
「僕は初めてITに関する賞をもらったけれども、実は自分でもITに関する作品を作ろうとしたことがある。携帯式のゲーム機みたいなものだけれども、完成しないうちに他の人に発明されてしまった。僕の願望が叶ってしまったんだ」
伊健がIT製品にのめりこんでいる程度は、早くからノートパソコンを持ち歩いているということなどからもわかるが、「その頃一台4万ドルもして、結局は自分で全部お金を出して買った。今も常に新しいモデルに替えていて、家の中で一番多いものはデジタルカメラだね」
けれども、香港におけるIT技術の発展は外国に及ばないことから、伊健は政府にもっと市場開放を進めるべきだと意見している。例えば、電動式の車をもっと街中で走れるようにするなど、ハイテクは旅行産業の助けにもなるのではないかと考えている。
そのほか、伊健は昨日無線電視のドラマ「奇幻潮」でナビゲーターを勤め、自分も心霊体験があると話した。日本で男の幽霊にとりつかれ、命懸けでもがいたが声も出なかったり、撮影の前にお払いをしなかったら、ライトが突然落ちてきてぶつかりそうになったそうだ。伊健は笑って、「こういう事に遭うのは運気が落ちこんでいるときだそうだ。そのときは99年で、確かに僕は不遇な時期だったからね」


☆東方日報

鄭伊健は20回連続の心霊番組「奇幻潮」の司会の一人として、昨日撮影に参加したが、「幽霊を見た」経験については、もっとも怖かったのが99年に日本でロケをした旅行番組の時に霊にとりつかれたことで、彼はこう話している。
「その日、目覚めると突然そばに男の影が現れて、その時は意識がはっきりしていたのに動くことも声をあげることもできなかった。この年の仕事はどれもうまくいかず、後で不運の時はこういう体験をすることがよくあると知った」
また、伊健は昨日ハイテク製品に関する授賞式に出席した。かつてハイテク製品の購入に関しては相当お金をつぎ込んできた伊健であるが、もっともお金をかけたのは4万ドルもするパソコンを買った時だった。けれども、今のハイテク製品は新製品が出るのが早すぎて、買うに値すべきか検討する間もないと語った。


☆明報

鄭伊健、霊にとりつかれた経験を語る

鄭伊健は昨日無線電視の新ドラマ「奇幻潮」の撮影で、初めて本格的な司会を務めた。昔、子供番組の司会をやっていたのとは違って、新しい試みである。怪奇現象に見まわれたことはあるのだろうか?伊健は「むかし、蔡瀾さんの番組の撮影をした時に、日本のホテルで幽霊を見た事がある。その時は足元に黒い影がすわっていて、口をきくこともできず、ただうんうんという声を出していたのを、隣で寝ていたヘアスタイリストさんが聞いている。最後は黒い影は消えてしまった。」
伊健は「霊にとりつかれる」というのは不運の象徴である、そのときは飛行機の故障に遭って、台湾まで戻ったので、蔡瀾にもお前が疫病神だなと笑われた。ちょうどその年は悪いことが立て続けに起き、ドラマの撮影もダメージを受けた。
その他、伊健は昨日、パソコン雑誌の「私の一番好きなIT製品のCMキャラクター賞」を受賞した。
彼はこの賞をもらって大変喜んだ。この業界の人々は、伊健がコンピュータについてとてもこだわりがあることを知っていて、なにかエピソードをと尋ねると、かなり前にコンピュータを買うのに4万ドルを費やしたという。

☆wenweipo

「香港IT大賞」は昨日授賞式が行われ、式には香港政府科学情報局総監の?志光氏がメインゲストとして招かれ、鄭伊健が「私の最も好きなIT製品のCMキャラクター」賞を受賞した。

鄭伊健は受賞をとても喜んでいる。彼はまえからずっといろんなアイデアを持っていて、たとえば数年前にゲーム機が携帯型になるといいなあと考えていたことも、今や実現している。だから、もし彼に何か作らせてくれる人がいたら、自分のアイデアを提供したいと話している。香港の科学教育の方面については、もっと政府にがんばって欲しいと思っている。
「ドイツやシンガポールで発明された製品を見たことがあるのに、香港では免許がおりないので使えない
。この方面では政府が保守的すぎるので、IT化を進めたいなら、観光業の推進に力を入れるのと同じくらいするべきた。観光業にもITの力は必要なのだから」
伊健が指摘しているのは、シンガポールの製品のことで、足の不自由なお年寄りのための歩行器具のことである。ただ、香港は交通事情が悪すぎるので採用されないだろう。彼は新聞で、足の不自由な人が自転車を改良して作った歩行器具に乗ったために、法令違反になったという記事を読んだそうだ。
伊健はまた、将来ディズニーランドが開園したら、もっと交通に関するサービスが必要になってくるだろう。ディズニーランドに電車を通すことも考えたほうがいい。お客さんの行き帰りに便利になるから、さらに多くの観光客が集まることになると思う、と話した。

☆成報

鄭伊健、政府が保守的過ぎて市民がハイテク技術の恩恵を受けられないと批判

鄭伊健は昨日無線電視のオカルト特集番組「奇幻潮」の司会を務め、その後「香港IT大賞2004」の授賞式に出席、「私の最も好きなIT製品のCMキャラクター」を受賞した。実は、この方面に関してはいろいろ新しいアイデアを持っている伊健は、誰かが依頼してくれたら、喜んで提供するそうだ。同時に香港政府が保守的すぎる、だから香港市民がハイテク方面ではまだまだその恩恵が受けられないでいると思っている。

カメラのCMキャラクターである伊健が最も多く持っているハイテク製品は、やはりデジタルカメラである。しかし製品はどんどん進歩する。いくら買ってもお金が足りないのでは?「値打ちがあるかにもよるし、今は選択の余地は多い。古いのは友達にあげたり安く譲ったりする。初めてノートパソコンを手に入れた時、一台4万ドルもしたけど買った。昔、景気がいい時は当然買ったけど、これからも買っていかないとね」


日本で怪奇現象に遭遇
けれども、消費者のハイテク製品への支持が足りないだけでなく、伊健は政府にも改革が必要ではと語る。たとえば海外には大変多くの発明品があるのに、香港では免許がないと使えない製品で、市民にはそれを享受する機会がないというわけだ。また、外国では老人用の電動車が発明されていることにもふれ、セグウェイなどはみな、人類の交通において画期的な発明なのに、香港では法律によって使用が許されていない。「僕はどうして香港の路上で電動車が走ってはいけないのか聞いたことがあるが、免許のないものは駄目ということだった。香港政府は保守的にならないで、もっと開放していかないと」

他に「奇幻潮」の収録時に心霊について話が及ぶと、
「以前日本にグルメ番組の撮影で行った時、ヘアスタイリストさんと同じ部屋に泊まったが、気がつくと男の幽霊がいた。気味が悪くて叫びたかったのだが声が出なかった。後でスタイリストさんに聞くと、僕がうんうん唸っていたのが聞こえたそうだ」
そのようなことがあると、普通は運気が下がるそうだ。この時は行きの飛行機が故障し、ロケの行程も上手く行かなかった。また、無線電視のドラマの撮影の時には、病室の場面があったのにお払いをしなかったら、突然天井に吊ってあったライトが落ちてきた。
「幸いにもぶつからなくて無事に済んだよ。」

去年一年の歌謡界での成績は白紙に等しい伊健だが、彼は笑う;
「いつもこんなものだろう?三年間そうだった。俳優であり歌手でもあったんだから、当然CDは出したいとおもうよ。(2005年はがんばるの?)僕はずっとがんばってきたんだよ、でもチャンスはなかなか来るものじゃない。今年はマーケットが回復することを願うね。(安売りするの?)一番大事なのはいい作品を作ること、他のことは関係ないさ」

☆大公報

☆大公報写真(一番大きかった)

鄭伊健は、昨日「香港IT大賞2004」に出席し、「私の最も好きなIT製品のCMキャラクター」賞を獲得した。みずからはデジタルカメラのCMキャラクターである伊健も、かなりのハイテク製品好きである。彼もIT好きのひとりとして、何か新しい製品を考え出したことはあるのだろうか?伊健は自分も発明は大好きなので、誰かから合作の依頼があったらアイデアを提供したいと言う。ゲーム好きな彼は、何年も前にゲーム機の小型化を考えたこともあるので、いまや彼の夢は叶えられたというわけだ。

伊健は、初めてノートパソコンが発売された時、4万ドルも払って買ったそうだ。外国のようにIT化を推進してほしい、できたら香港政府は観光業の余力をIT化に当てるべきだと言う。以前、体の不自由な人が自転車を改造した歩行機を作って走ったのだが、後で罰せられた。ジャッキー・チェンもその後自転車に似た歩行機「セグウェイ」を買ったのだが、その時は空港で、体が不自由な人が使えるようにと買ってあげたのだそうだ。伊健はこういう考え方については大賛成である。

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サイト内検索

さすがに1年近くなるとエントリーが増えて、自分でもいつ何を書いたか覚えきれなくなってきたので、サイト内検索窓をつけてみました。(右側サイドバー)
一旦Googleに飛ばなくちゃいけないのが面倒なのですが、これで少しは便利になるかと。
みなさんもご活用くださいませ。

ニュースも、身の回りのネタすらもないので、ただいまリンクとかツールにちょこちょこ手を入れてます。
明日はなにか話題があるといいなあ…。

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2005.01.22

スパムその後

昨夜のビール2本・カクテル1杯で死んでる土曜の午後です。

…仕方ないじゃん。最近全然飲んでなかったんだし(←単に気合が足りないだけです)。

さて。
例のスパムメール、化け化けだったのでエンコード変えてみたらあっさり見えるようになった(笑)
MSNだと化けてるものはあくまで化けたままなのです。yahooメールやるじゃん。ちょっと見直した(暴言)

その内容、「日ごろのご愛顧に感謝して、会員の皆様に弊社社長が出血大サービス!!」
だそうです。
あ、そうですか…(苦笑)。
何回も言うようですが、そんなものは見慣れてるんで私に送ってこないように(えっへん)。

そういえば、中国語スパム、某ウサコちゃんちにも来たらしい。
同じかなあ…化け具合がちょっと違うみたいだ。しかもなんかうちより毒々しい香りがします~!!さすが(爆)

ちなみにわたしのところにきたメールのタイトルは「ぼくえろびでおだいすき(超訳)」でした。
・・・・・・・・・・・けっ。(←最近ちょっと荒れ気味)

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キヤノンの看板

いつもはあまり見ないブログのチェックしてて、…みつけちゃいました、こんな記事があるのを!
香港に行きたいよぉ。銅鑼灣そごうに行きたいよ~(号泣)
私が次に香港にいくまで、この看板はかかっているのだろうか?(…多分無理)


そうなのです、私の今年第一回目の香港行きは3月に決行です。
久しぶりに伊健の召集とはまったく関係なく行きます。
かなり前に旅行の日程が決まるのは珍しいことなのですが、香港芸術節と、紅館のコンサート、二つのチケットが同時に取れたので。時間があったらピンクドルフィンのリターンマッチもやりたいけど、どうかなあ。

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2005.01.20

海のむこうから・・・

このサイトで公開しているメルアドは、yahooのドメインなのですが、日々やはり妙な迷惑メールが入ってきます。

・・・ひとづまさんたち、いくらないしょのこくはくされても、ごようぼうにおこたえできませんぜ(爆)。


そして今日、とうとうやってきました。
ニューフェイス!
海を越えて、中国語アダルトサイトのメッセージ!!!!!

でも、肝心な所は全部文字化けしてますから~!!!残念っ!!
「フリーメールには送っても無駄」斬り。


これからどぶさらいに行って来ます(滅)

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男と車の間には・・・(3)完

生活を知る


「仕事のなかった二年間の、僕の最大の収穫は…うん、僕は人生について悟ったんだ。真に静かな日々がやってきたら、今後の人生はどうするか自分ではっきりさせたかった。僕は他の人に比べてずっと幸せだ、少なくとも、仕事がない時にも生活の心配をしなくて済む。いま思い出すと、もしも、数年前のように林珊珊(伊健のマネージャー)が僕に山のように仕事を与えて、『あなたは人気がある、だからこういう仕事のやり方をするのよ』と言っていたら、かえって僕は楽しむことを知らずに人生をおくっていたかもしれない。
昨日もある記者に言ったんだ。たまにはインタビューしてくれたら、本当の僕が発見できるよ、ってね。昔、人気があった時は、人生は仕事のことでいっぱい、毎日の予定はすべて仕事、仕事、仕事、ついには僕は名声を得ることができたが、自分の生活は何もない。そのときは、本当にどうしようもなく辛かったんだ。
今では、林珊珊も、僕と衝突した後に、休み、1日や2日じゃない本当の休暇を与えるということをわかってくれた。僕は、ひとりの俳優として、もし自分の生活に新しい刺激や充足感がなく、ただ演じつづけるだけでは、きっとうまく演じることができないと確信している。必ずしも何ヶ月もの休暇だけではないけれども、休みがあってこそ生活というものを理解できる。
昔、僕は住む所についてあまり重要視せず、周囲の住環境にも気を配らなかった。一番大事なのは便利であること、それは、家が帰って眠るだけの場所だったからだ。もちろん、昔の仕事のスケジュールの立て方には問題があった。今は生活する、ということがわかったから、仕事のスケジュールは自分の生活を考慮して立てられている。だから、今の僕は、外には自分の船着場がある西貢の一戸建てを選び、いつでも好きな時に船を出せる。家の中にあるのは全て最新テクノロジーの製品、そのことは防犯という意味で仕方ないとしても、基本的には何もないのが一番だ。このごろ、僕はロッククライミングが大好きで、この種のスポーツはとても挑戦的、パートナーと組む仕事にしてもそうありたい。あまり遊べる時間はないけれども、本を読んでこういうスポーツがあることを知った。これが人生だから楽しい。」


運転したくない

前述のとおり、男性は車が好きで、車についての好みも、年齢にしたがってどんどん変わっていくものだ。鄭伊健もそうだ。
「昔、若い頃は、人生の中で一度はポルシェやフェラーリを持ってみたいと思っていた。ベンツは更に必需品。どんな男でも、自分の仕事の成果を高級車に反映させたいと思っているものなんだ。つまり、会社のマネージャークラスになったら30万ドルの日本製のワゴン車を買い、会社のCEOになったらベンツやBMWでその身分を反映させる。社長になった時には、プレジデントとかベントレーを選ぶだろう。これはとても単純な条件反射だけど、女の人にはないところ。彼女たちは、まだわりと車の見かけにこだわっている。けれど、僕はもう車を自分の成果の象徴にする段階は越えようと思っている。いま僕が乗っている車は、アウディのA2で、とても小さなワゴン車。この車を好きな理由は簡単だ。運転し易くて、ガソリンを食わないから。」
「でも、僕が一番言いたいことは、個人的に、一人の俳優としては、常に自分の車を運転しなくてすむようにしたいと思っているということ。理由は、運転する時間が長いほど、暇で仕事がないということをアピールしているようなものだから。だから、どんな車が好きかと聞かれたら、一番好きなのは、毎日保母車(運転手付きのワゴン車。タレント用の車)に乗ること、と答える。最近はポルシェのカイエンヌもいいなと思うけど、たぶん買わない。だって買っても駐車場に置きっぱなしにできないでしょう?だから保母車に乗るのが一番好き、って言うんだ。だけど、男と車の話題は切っても切れない。この前鄭丹端(ローレンス・チェン)とおしゃべりしていて、車の話題になったら、みんなわらわらと寄って来た。ある車をどうしても買わなければいけない、という話になった時に、みんな声をそろえて絶対買うべきだ、って言っていたけれども、最後には、みんな単なる話題に過ぎないってわかったよ。」

男性がスキンケアの重要性を理解すること


映画だけでなく、歌の仕事も好転し始め、鄭伊健はさらに日本企業の広告モデルになった。たとえば資生堂が中国進出して売り出した男性スキンケア商品JS、SEIKOの腕時計、キヤノンのカメラ、示し合わせたわけではないのに彼をイメージキャラクターとして起用した。
「ラッキーなだけとしか言えないよ。資生堂JSのように、以前はどんなタレントでも一年を越えて契約した人はいない。でも、僕は契約を続けて、知らないうちに3年経った。手前みそじゃないけど、JSの中でも洗顔フォームはとても効果があるよ。僕にも洗顔の秘訣があって、それは、顔を洗う時に必ず濡れタオルを使ってこするということ。濡れタオルには、いらない角質を取り除く作用があって、とても有効なんだ。実は、以前はどうやって肌の手入れをしたらいいかわからなかった。男は女の人みたいに毎日洗顔フォームを使って、美白がどうこうとか言う必要はないと思っていたんだ。けれど年齢を重ねると、肌の調子が悪いと感じ始めるし、髭が伸びすぎれば本当に外見の印象が悪くなる。時には、自分の容姿を大事にすることは、他の人を尊重することでもあるんだ。」せわしない鄭伊健だが、ずっと元気はつらつで、前回のインタビューに比べるとずっと明るかった。男性は、時には本当に車の運転と同じで、エンジンをふかし、前を向き、加速しつづけなければならないのだ。
道理で、男性は車のシートが好きなわけだ。車を愛するということは、実は自分を愛するということなのだ。
(完)

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グラビアがとってもとっても美しい大陸の雑誌です。(後日部分的にアップします)髪の毛がこれくらいの長さのときが私的には好きでした。
あまり外見にこだわらないのはわかってたのですが、一応お肌の手入れ法など披露してます。
濡れタオルねえ…わたしがやると皮むけちゃいそうだからな~(苦笑)。


ニュースがないので、当分はインタビューをぼちぼちアップしていくことになりそうです。
昔の雑誌などもたまっているので、ちょっとずつ出していこうかとおもっています。


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2005.01.18

男と車の間には・・・(2)

羅針盤


鄭伊健は言う。彼が売れっ子だった頃は、仕事を選ばず、一時期方向を見失っていた。もともと目の前には一本の直線道路しかないということがわからず、カーブしてみたり回り道してみたり、崖に向かったりさえした。
「僕は昔、仕事のときにあまり考慮しなかった。CDを出すにしても、誰かが僕にこうしてみてはどうか、と意見したら、僕はそれにしたがって試してみた。当時、僕は自分が本当に合っているかどうかがわからなかった。映画にしても、多くは引き受けた時に撮りたくないと思っても、こんな調子だから、最後にはじぶんの羅針盤さえもコントロールできなくなっていた。
二年前に黎明と共演した『双雄』の時には、僕の仕事はまさにどん底だった。彼は、どうしてCDを出さないのか僕に尋ね、僕は鄭伊健にはもはや市場価値がないからだ、と自嘲して言うと、彼は思いがけずとても真面目な態度で僕に言った。
『伊健、ひとりの芸能人として、僕たちは自分で市場価値というものを作り出さなければならない。市場が僕たちの価値を決めるわけではないんだ。もし、君が自分でまたCDを出せると思ったなら、やるべきなんだ。』
後になって、僕は自分が歌っている時が一番好きだと気づいた時、芸能人であるには少しの情熱と執着が必要だとわかった。いま、僕はまたCDを出した。多くの人が僕には市場価値がないと言い、会社のスタッフに対しては冒険だと言う。この感覚は、初めてCDを出した時と同じだ。初めてCDを出した時のことをまだ覚えているけれど、鄭伊健は歌の歌い方を知らないとさえ言う人もいたんだ。けれども、現在の僕は自分の能力を知っている。それにレコード会社のスタッフもまた集まってくれて、みんながきっとできると信じている。だから、今回の音楽はすべて、市場のことは一切考えずに、鄭伊健の最も歌いたい歌にしたんだ。羅針盤は僕の手の中にある。僕が左に行きたければ左に向く。」
伊健は真剣な顔で語った。

ひかえめに、オーバーアクトは要らない。

昔、伊健は他の人に、「プロらしくない」という印象を与える人だった。仕事の時はいつも、ゲーム機を持ち歩いていたからだ。このような批評に対し、彼はこう言い訳している。今はもうゲームで遊ばない。仕事の時、休憩時間も遊ばないよ。もちろん、そんなの信じられるわけがない。すると伊健は笑ってこう言った。
「もちろん、本当にゲームをしなくなった、ということじゃない。ただ、仕事の時には遊ばない、というだけだよ。他の人に、僕がゲームで遊んでいるところを見せると、ちょっと落ちつかない感じを与えるから。車のことで例を挙げれば、ポルシェを運転して街にでかけたら、それを見た人たちはその人を金持ちの坊ちゃんだと思い、ベンツを運転したら、会社のCEOや社長だと思うようにね。だから、今はたとえ映画の撮影の時でも、あるいは役作りでも、ちょっと控えめにするようにしている。ちょうどいま、彭發監督が撮影している『阿孖有難』の中で、僕は一人二役を演じているが、これはブラックコメディの分野に入るもので、雰囲気もかなりシリアスだ。もし以前の僕が演じたら、たぶんオーバーになっただろう。特に同性愛者の弟を演じる時には、もっとオーバーになってしまったはず。けれども、昔先生が僕に教えてくれたように、ちょっと押さえる方が、観衆の想像力をもっとかきたてる。車の運転も同じ。すこし押さえたほうが、かえってみんな気分がよくなるだろう。」

(続く)


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男と車の間には・・・(1)

TOM新視線 2004年10月号(Vol.30)

~cover story~

男が車を愛する時

男性と車の関係は、程度こそあれ、女性のファッションに対する思いと同じである。
必然性はないけれど、男性が車のことを語るのと、女性がファッションのことを語るのはおなじようなこと。
鄭伊健と車の関係でいうと、彼が好む車の種類は、年齢とともに変わりつつある。
1997年ごろ、鄭伊健にインタビューの約束を取り付け、その時車について話したところによると、彼が口にする憧れの車はみな、フェラーリとかポルシェといった、スピードが出て高い車で、見た目も格好良いスポーツカーばかりだった。当時、彼の仕事は昇り調子になり始めた頃で、撮影していた映画も『風雲』や『幻影特攻』といった莫大な制作費をかけた作品だった。
1999年になり、彼の仕事は頂点を極めたかのようだった。当時ちょうど撮っていた映画は、夜のカーレースを描いた『極速伝説(ミッドナイト・チェイサー)』で、私たちは再び、車のこと、三菱エボリューションⅢから、スバルインプレッサ、また彼の改造車カプチーノに至るまで話をした。彼は改造車にとても興味を持っているようだった。
今年最初のインタビューでは、車の話をしなかった。彼がもう車を運転することはほとんどないことを知った。暇があるとGFの梁詠琪と一緒に香港の西貢でサイクリングするだけになったそうだ。風に吹かれ、大自然の景色を楽しむのだ。
今回、私たちはまた車のことを話した。最新型ベンツのオープンカー、SLのそばに立ち、鄭伊健は今一番好きな車は、アウディのA2(ヨーロッパバージョン)だと言った。理由は、燃費が良くて小さいから。
まだわからない?男と車の間の関係は、確実に年齢と経験によるのだ。


ギアを減速

この二年、EEGとの契約問題によって、鄭伊健は事実上経験したことのない低調期にあった。年始に彼にインタビューした時、その語感には、この問題にうんざりした雰囲気が感じ取れた。とうとう今年の半ばにEEGとの契約が切れ、再び自由の身となると、伊健にはありとあらゆるCMが次々と山のように押寄せ、映画の撮影も途切れることがなく、その後もBMG(鄭伊健が元々所属していた会社)と契約し、新譜『DISCOVER』をリリース。情勢はかなり良くなった。
インタビューの前の晩、私は鄭伊健に関するこの半年の多くのインタビューを読み返した。そこでわかったのは、彼は一貫して、二年の低調期をどう乗り越えたか、人生観はどのようなものか、どうやって自分の価値を上げてきたか…などを語っていた。特に感じたことは、彼はどの質問についても答えがぴたりと一致していて、同じ質問をされていれば、必ず同じ答えを返しているのだ。
「誰かが低調期にある人にそのことを尋ねる時は、質問者の心の中に答えはとっくに用意できていると思う。僕は、聞き手が欲しい答えを返しているに過ぎないんだ」
鄭伊健は笑う。前回鄭伊健にインタビューした時、彼は私に、半年後には、発展著しく、再び積極的に仕事にうちこんでいるだろうと言った。
今回会った時、彼は洒脱な答えを返してきた。
「僕は前にあなたに、『人はそれぞれがいかなる状況も受け入れる、その過程を必要としている』と言ったことを覚えてるよ。僕のいった意味は、僕だけでなく、僕以外の人がすべて、新しい鄭伊健を受け入れるのに時間が必要だったということ。僕が何かするたびに、みんなはまだこう思う:『鄭伊健はまだだめなのか?しばらくして、みんなで様子を見た後で、もういちど応援しよう』と。この半年以前は、みんなから観察されている状態だったんだって信じてる。観察の期間が過ぎて、たぶんみんなが『鄭伊健にはまだ市場価値がある』と感じたから、仕事が自然とやってくるようになったんだと思う。あるいは、車の運転と同じで、スピードを上げすぎている時は、だれも追いつけず、どうやって運転しているのか自分でもわからない。止まるまでギアを減速して、また動き始める、その過程がまさに今の僕の状況なんだ。」伊健は言う。
(続く)

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2005.01.17

ハンガリアン・グヤーシュ

東欧帰りの同僚より、パプリカの粉をおみやげにもらいました。「ハンガリアン・グヤーシュ」という、ボルシチに似た赤ピーマンのスープのレシピも一緒に。

そこで今晩、さっそく作ってみました。ピーマンずきにはたまりません(笑)。←少ないと思うけど…。

ハンガリー、私にとっては当分縁のない土地だろうとは思っていますが、料理を介することで興味がわき、ぐっと近くなった気がするから不思議です。pht0501172011.jpg

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2005.01.15

新年會

今日は、お昼から浜松町の四季劇場で『ライオンキング』を鑑賞(ピンチヒッターで急遽参加。初見。でも思っていたよりかなり楽しかった)した後、そのまま自由が丘へ移動、夜は広東語クラスの新年会でした。
今回は知っている方に特別に予約を入れてもらったので、シェフが張り切って作った料理の数々を楽しむことができました。

☆メニュー☆ ◇前菜(くらげのあえもの、チャーシュウ、豚足、鶏照り焼き)
◇しょうろんぽう(写真なし。あっと言う間に食べ尽し撮るのを忘れた)
◇ふかひれと蟹のスープ
◇手羽しゅうまい
◇ブロッコリー蟹と卵白のあんかけ
◇貝柱のえびすり身包み揚げオレンジソースがけ
◇牛肉黒胡椒いため
◇えびのXO醤炒め
◇白身魚フリッターののチリソース
◇パイナップルチャーハン
◇炒米粉
◇マンゴープリン


改めて師父(シェフのことをこう呼んでました)、ごちそうさまでした♪美味しかったです。

(點心處COX−TOP自由が丘店にて)pht0501151828.jpg
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eKワゴン

最近「伊健ニュース欠乏症」が激しいのか(爆)、こんな見出しで反応する自分が情けない。
asahi.com

この車は前からあったと思うけど、もし万が一アジアで発売する時には伊健をCMのイメージキャラで使ってくれないかなあと思う(単に英語でEKINだから。すみませんベタで)。そうすると、主な日本の輸出品でCMをやってないのは車だけだった伊健も晴れて全制覇ということに・・・。

万が一メーカーの方、もしくは広告代理店の方がこのサイトを見てたら、ご一考くださいませ。
(いちおう売り込んでみる。見てるわけないか~)

明日(というかもう今日だよ)は芸術&グルメの休日なのだ~。楽しみ♪

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2005.01.14

POPASIA舞台裏

2005年1月14日 明報


伊健、ゴスペラーズに褒められる

鄭伊健は先日、日本の音楽交流イベントに参加し、日本と韓国のアイドルと共演した。伊健と共演したのは、日本のゴスペラーズと、韓国のピ(Rain)である。伊健は、日本のコンサートの舞台裏は警備が非常に厳重で、香港のように舞台裏で人が自由にうろうろしたりすることがなく、歌手は個室を与えられていたので、楽屋に入ってからは自分から外に出ることがなかったと話している。
けれども、部屋にいる時に、外でだれか他の人が様子をうかがっているような気がしたので、開けてみるとゴスペラーズとピが「陳浩南」に会いたくて待っていたことがわかった。彼らはもともと「古惑仔」のファンだったのだ。
伊健とみんなは自己紹介をしておしゃべりし、すぐにうちとけた。
このイベントのカーテンコールの時、伊健は驚き、また喜んだのだが、ゴスペラーズが伊健のことを観衆に、彼のことは「陳浩南」としては知っていたが、まさか歌を歌う人だとは思っていなかったと紹介してくれたからだ。また、彼の歌う姿を真似して、歌う時のかっこいい決めポーズを彼から教えて欲しいと言っていた。
イベントが終わった後、ゴスペラーズは自分達から合作の申し入れをして、伊健もこれをいい機会と考えているので、お互いに連絡を取り合っていくだろうと言っている。


***********************

ひさしぶりにニュースがはいったけどあまり新しい話ではありません。残念!
先日、ラジオでもゴスペラーズのこととかちょっと言っていましたね。
合作・・・イベントでゲストに呼んでくれたりとかかな。でも、ゴスペラーズのコンサートはチケットが取れないので、呼んでもらっても悲しい思いするかもしれません。

そもそもジャンルがかなり違うので、しかもロックをやりたいとか言ってる伊健、どのへんに接点を求めていくのか注目です。でも、上手い人と共演すると刺激になるから、どんどんやってほしいです。

写真の拡大版はこちら。(大公報より。

ところで大公報さん、「ぽすてらーず」って何ですか・・・・???(爆)
伊健、その「ぽすてらーず」を香港ディズニーランドに招待したいんですって。がはは。

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2005.01.13

期間限定:カンフーハッスル!テンプレート

「チャイナ」のテンプレート、可愛くて好きだったのですが、最近どこを開けても同じテンプレートが出てきてちょっと・・・だったので、思い切って替えました。
(「伊伊」の主旨にあわないかなとも思いましたが、まあいいでしょう。無料だし、まだ5人しか登録がなかったし、韓流にまけるな、香港映画もがんばれ!ってことで。)

いまだから言える話、広東語を始めた本当のきっかけは、「字幕無しで周星馳の映画をわかるようになること」だったんですよ。見始めた頃はとにかく早口で、何を言っているかまったく理解できませんでした。でもわからないなりに面白かった。わからないから面白い(←「無厘頭」、といういわれかたをしてました)ということを地で行ってたのか。
といっても、いまだってちゃんと聞き取れてないけど・・。それでも、ちょっとでもわかるとまた面白さが増します。

最近の星爺は、言葉で笑わすより、ボディランゲージで笑わす路線に行っているように思うし、もっとゆっくりはっきり発音しているので、昔ほどわかりにくいという感じはありません。
しかし、かつて「チャウシンチー?何それ?(←まず、人名だと思っていない)」だったうちの家族でさえ「カンフーハッスル」を見たいと言っています。時代は変わりましたね・・・。

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2005.01.11

空想と演技力

鄭伊健幻想奇情
電影双周刊668号(11月18日~12月4日)


イメージの中の鄭伊健は、いつも遊び好きで遊びの最中にいる男の子。
ゲームをしたり、ロッククライミング、スキューバダイビング、だからついに今回『阿孖有難(邦題:ひとりにして)』でひとり二役をやることができて、「楽しい」と思えたはず―当然彼の大好きな想像力を発揮することができる役だから。

多面体的な人生

『阿孖有難』の中において双子の兄弟を演じ分けることについて、鄭伊健にとって、実はそこまで難しいものだとは思ってもみなかった。
「もし、パン兄弟のような双子を演じ分けるとしたら、こういう「見ただけでは違いのわからない兄弟」はとても困難を伴うものだ。けれども、撮影を開始した時には、既に話の伏線があった;兄は普通の男で、弟は同性愛者。劇中の弟は、兄がなんでも思い通りに手に入れられる人に感じられていて、自分にはいつも挫折感があり、最後には自分の本当の面―同性愛であることを知るんだ。」
だから、鄭伊健はとてもやりがいを感じている。
「僕が年とってから感じたことは、人には様々な面があるということ。それぞれに違うできごとが起きて、違う環境で、周囲の人、時も違えば、表現のしかたも違ってくる。」
ゲイの弟を演じなければならなくなった時、伊健はその「心情」の演技がより難しいと感じた。普通の一個人としては、彼らと接触する機会があったとしても、その言葉づかいや身振りはわかっても、心の中まではわかりにくいものだからだ。


俳優としての試練

彭發監督は以前のインタビューのなかで言っている;「現在の鄭伊健」を手に入れることができたのは自分にとって幸運だった。「数年前の伊健」だったらゲイの役はできなかったからだ。
伊健は監督がこう言っていることをどう感じているのだろうか?もともと、伊健も監督の考えと同じで、数年前の自分だったら絶対にこういうゲイの役はできなかっただろうと認めている。
「彭發監督とは初めて正式に組んで仕事をするけれども、でも、どうして監督はそんなに早く僕を知ってたかって?実は、僕が以前劉偉強監督の作品に出ていた時から、すべてのフィルムは彼が編集していたからだよ。そこで彼は「鄭伊健」に詳しくなり、「鄭伊健」がどんなものか知ってるんだ。」
伊健は彭發が彼をタイに連れていって仕事をはじめた時から、自分がいわゆる「試練の時」にいるのだと感じたそうだ。
「芸能人が成功するのは、たぶんその人の危うさとか、新鮮さによるもの。けれども、人々はそれを受け入れてしまうと、すぐに別の要求をし、飽きたり嫌いになったりする。たぶんそうなったらあきらめてしまう人もいる、けれど僕は挑戦してみよう、と思うんだ。」
自分はもう昔の「ラッキー」なだけの段階を過ぎてしまって、作品も以前ほど有名ではなくなったけれども、一人の俳優として、自分を磨かなければならないと思うそうだ。
「昔、訓練班の高宏先生という方が、『俳優はまずプライドをすて、我を忘れなければならない』と言っていた。言うのは簡単だけど、実際やるとなったら多くの段階があって、ひとつひとつ打開していかなければならない。失敗に直面してへこむ人もいるけど、そういう時は僕には刺激になるし、より面白いと感じる。以前なら先生が何を言っていたのかわからなかったけれど、この段階を経てわかるようになるんだ。」
だから伊健は、いま彭發が彼に対してしている要求を楽しめるのだ。昔の彼なら怖気づくようなことでも、チャレンジと思うからだ。
「もちろん、監督の演出はとても大事。彼らは本当に双子だから、僕は自分が間違ってるんじゃないかと心配する必要がない。昔のこの手の映画だと、双子であることを誇張しすぎるだろうが、本当の双子なら、表面上の違いは必ずしも必要じゃなくて、ちょっとしたことで違いをだせばいいとわかっているからだ。」

双子の兄弟はいらないけど姉妹は欲しい

今回「双子」を演じてみて、伊健は自分にもし双子の兄弟があったら、と想像したことがあるのだろうか?
「ないよ。僕はむしろ、男と女の双子のほうが面白いと思うね。男より女の子のほうがいいよ。もし自分が恋愛の悩みを持った時、双子の姉さんか妹に聞いてみれば、女の子のことがわからなくても、双子のきょうだいとして生まれたんだから、僕の分身とも言えるわけだし、僕が必要としている答えも自然とわかってくれ